國近公太/選手・スタッフ
JTサンダーズのウイングスパイカー、國近公太選手のプロフィールです。主な大会出場歴などを紹介しているオフィシャルデータ、バレーボール界のライバルなどを紹介しているプライベートデータ、そしてロングインタビューなどを掲載!

バレーボールを始めたのは、小学校5年生から。風邪を引いて学校を休んだ日に、たまたまテレビで世界選手権を見たんです。確か日本代表の試合ではなかったと思うんですが、「すごい、こんなスポーツがあったのか」と。それまではバレーボールという競技自体の存在を知らなくて――。でも、その試合を見た瞬間に「もう、これしかない」と思いました。
試合を見た1週間後くらいには、もう地域のスポーツ少年団に入部していました。最初は男子チームがなく、女子の中でやっていたんですが、それが嫌で。僕、小学校のころはすごく華奢で、まだ身長も低かったし。当時の写真を見るとまるで女の子みたい(笑)。だから、学校の友達を誘って、3~4カ月後に男子チームができたときはうれしかったですね。当時はバレーボールだけではなく、ソフトボールにドッジボール、ピアノなど、ほかにもいろいろとやっていたけれど、結局最終的にチョイスしたのはバレーボールでした。やっぱり好きだったんでしょうね。
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高校を探しているときに、岡山東商業高校の先生から声がかかって。それも本当にたまたま母親の関係からつながったんです。入学後はとんとん拍子に進んでいった感じですね。今も高校で総監督をしておられる南石先生に紹介していただいて、全日本ユースにも参加するようになりましたし。当時は今よりも積極的というか(笑)、サイドからガンガン打ちにいくタイプの選手でした。文字通り“得点源”という感じで、自分たちの代になってからはどこからでも打っていましたね。3セットマッチをフルセットで戦った場合、それこそ60~70本くらいは打っていたんじゃないかな。 でも、なぜか全国大会にはあまり縁がなかったんです。高校2年で春高に出場したときは直前に腰を痛めてすぐに負けてしまったし……。一番思い出に残っているのは、高校3年のインターハイ岡山県予選の決勝戦。前年、春高予選で勝った相手にフルセットで敗退したんです。それがチームとしては最後の試合でした。試合後にみんなから「今までありがとう」と肩を叩かれたときはさすがに泣きましたね。今、思い出すだけでもちょっと泣きそうです(笑)。 基本的に、僕は負けた試合の方が印象に残るタイプ。「あの1点が取れていれば」というのをすごく覚えていて、次に同じ場面を迎えたときに失敗を繰り返さないようにしようと思って練習していました。高校で得たものは……仲間かな。少し大きすぎますかね。バレーボールって、結局スパイカーが一番目立つじゃないですか。特にうちの高校はほとんど僕が打っていましたから。僕が決めなければ点にならないし、ミスをしたら即、失点。でもチームメートは最後まで文句一つ言わずにずっと支え続けてくれたし、何とか拾って僕につなげようとしてくれて。そりゃあ、応えなきゃと思いましたよね。 |
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実は僕、一時期セッターを目指していたんです。スパイカーとしては身長も高い方ではないし、バレーボールを続けていくためにはセッターに転向しよう、と。そうしたら大阪商業大学の上野監督(故人)から「わしがセッターを教えてやる。ただし2年間はスパイカーとして打ってくれ」と言われて、それで進学を決めたんです。ところが、2年間やったところで監督が退任してしまって……。そのときに「アタッカーでやるしかないか」と思いました。これも運命なのかな、と。
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とはいえ、少しバレーボールに対する情熱が薄れてしまった時期もあったんです。大学3年でキャプテンになってからは少し気持ちも復活したけれど、半分あきらめかけていた部分もあって。Vリーグのチームから声がかかったのは、ちょうどそのころ。「チャンスだ、行ってみよう」と決めました。バレーボールを仕事にしようと決意したのはそのときです。 |
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なんだか僕の場合、すべてがつながっている印象があります。あそこに行ったからここから声がかかって……、という流れが。大学3年で前所属チームの内定選手になったのち、大学4年からはJTサンダーズの内定選手として帯同しました。JTサンダーズへ行こうと決めたときは、正直、出場できずに選手生命が終わるかもしれないという不安はありました。でも、挑戦することには意味があるんじゃないかと思ったんです。 実際、入部してみたらやっぱりレベルの高さを感じましたね。入部当初は、もっぱらピンチサーバー。あのころは「どうすれば監督に認められるんだろう」と考えて、とにかく大胆にプレーすることを心がけていました。派手に決めて、監督に目を向けてもらえるような……。今はどちらかといえば、プレーを安定させる方に向かっていますね。ただ、ミスをしないことはもちろん大事なんですが、その分プレーが小さくなりがちなので、そこは原点に戻って。“安定かつ大胆に”ということを常に頭に置いてやっています。そのためにも、状況判断力を――、今何をすべきかを判断するために、チームの状況をしっかりと見極められるようになりたいですね。 |
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今シーズンからキャプテンになりました。普通は監督が指名するんですが、今回は立候補制。立候補すべきかどうかはすごく悩みました。でも、自分を変える一つのいいタイミングなのかな、と思ったんです。強い自分をつくりたいというか……。例えば僕がレギュラーを取って試合に出場できたとして、キャプテンが自ら沈没するわけにはいかないじゃないですか。
それから、チームのために結果を残したいという気持ちも大きかったですね。これまでは思ったことがあっても口に出せなかったりしたけれど、これからは自分が感じたことをチームに伝えていきたいです。それに僕はチームの中でもちょうど中間くらいの世代なので、上と下をつなぐいいパイプ役として機能していけたら、と思っています。
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いろいろなことがあっても、これからも続けていこうと思えるのは、やっぱりバレーボールが好きだからです。僕はよく、バレーボール教室で生徒に「好きなことは何?」って聞くんですけど、何でもそうですが、好きじゃないと続けられないし、我慢もできない。もう、24時間バレーボールのことを考え続けていてもかまわないくらい、問答無用で好きですね。 バレーボールの“拾ってつなぐ”楽しさって、助け合いの精神に近いというか……。それって、例えば電車で席を譲ったりするのと変わらないくらい、生活の中でもすごく大切な精神だと思うんですよ。それに僕、一人でゲームをしたりするのとかあまり好きじゃなくて。やっぱりみんなでやるから楽しいんです。……と言いつつも、ついその精神を忘れてしまうことはあって(笑)、そういうときに限ってプレーが駄目になったりするので、その時々でハッと思い出すようにしていますね。 ※本記事は2011年8月時点のインタビューに基づいたものです。 |
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