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シュウ:「ハービーさん、お久しぶりです。今、六本木の富士フィルムフォトサロンで写真展『青空を待っていた日』を開催中のハービーさんですが、どの作品も、老若男女、いろんな人たちがいろんな表情で・・・でもみんなホントにいい顔をしていますよね。ハービーさんが作品を通して表現したいことって、どんなことなんですか?」

ハービー:「僕は、人間が人間を好きになるような写真を撮りたいんです。人間が人間をもっと好きになれば、もうちょっと世の中は平和になるんじゃないだろうかと。今回ご覧いただいたような市井の人々の一瞬のポジティブな表情を掬い取って、『やっぱり人間って美しいよね。人間の心って本来こうあるべきだよね』ということを僕の写真を通してできるだけ多くの人に伝えたい。そして、人の心を清くしたいんです。」
シュウ:「どんな人にも優しい綺麗な心が本来あるはずだと?」
ハービー:「例えば・・・僕には2人子供がいますが、もう大学1年になる上の子がまだ小さかった頃、彼は救急車の音を聞く度に、『ねえ、どうしたのかなあ、怪我をしたのかなあ、でも病院に行けば治るんだよねえ?』なんて、運ばれる患者さんの心配をするんですよ。ウチの近くに大きな病院があって、救急車が家の前をよく通るんです。だから、我々大人は救急車の音がしても『うるせーなー』位にしか思わないけど、本来は子供のように心配してあげる優しさも持っているはずなんです。ただ、忘れてしまっている。だから僕は人間が本来持っているそういう優しい気持ちをもう1回僕の写真で呼び覚ましたい。それが、僕が写真を撮り続けるモチベーションなんです。」
シュウ:「いつから、そういうことを考えるようになったんですか?」

ハービー:「僕は、満3ヶ月で、腰椎カリエスという結核性の骨が腐っちゃう病気にかかったんですよ。物心が付いた時から、僕はいつもコルセットをはめられていて、腰が痛くて運動もできず、コルセットをはずせないからお風呂にも入れない、そういう生活が14、5歳まで続いたんです。幼稚園は行けなかったし、小中学校は行きましたけど、友達はできませんでした。修学旅行の時に、好きなもの同士で班を作って部屋割りをしなさいということになっても、誰も僕をグループに入れてくれない。1番仲がいいと思っていた友達のところに、ワラをも掴む気持ちで近づいていったら、そいつは僕が近づくのを見て、『お前なんか嫌だから来るなよ!』って大声で言い放った。一事が万事そんな風で、僕は十数年もの間、孤独と絶望の中で生きていたんです。でも僕は、それが人間の本当の姿であるはずがない、人間はそんなに冷たいものであるはずがないと信じ続けた。だから、もし音楽家になれるのなら音楽で、小説家になれるのなら小説で、本当の温かい人間の心を表現したい、それによって人の心を取り戻したいと、僕は子供の頃から願っていたんです。」
シュウ:「そんな辛い生活をしていたら、もっとネガティブな思いに囚われるのが普通じゃないですか。引きこもったり、死のうと思ったりっていうことは無かったんですか?」

ハービー:「それはほとんど無かった。それが僕のいいところで、虐められればられるほど、気持ちが透明に、ピュアになっていった。でも、中学1年の時に1度だけ、どうしても耐えられずに、3、4ヶ月引きこもって1歩も外に出なかったことがありますね。僕は音楽が好きで、中学でブラスバンド部に入ってフルートを始めたんです。たまたま大田区の大森駅前でブラスバンドがパレードをしているのを見て、すごく励まされたのがきっかけで。音楽の力ってすごいなと思って、僕も将来は自衛隊の音楽隊とかね、そういう楽隊に入りたいと思ったんです。でも厳しいクラブだったので、貧血もあったし、腰も痛くて、半年で辞めざるをえなかった。その時は自信も希望も失ってしまって。もう誰も僕を理解してくれる人はいないんじゃないかと・・・その時は本当に孤独でした。」
シュウ:「誰も助けてくれなかった?」
ハービー:「そうですね。学校の先生も、ただ、『明日は来いよ』ってオッカナイ顔をして言うだけでしたね。僕は両親に愛されていたし、家庭には恵まれていたと思いますけど、親もパニックを起こしていましたから。ひっぱたかれたし、僕が本当に追い詰められているってことは親も解っていなかったと思いますね。」
シュウ:「そこからどうやって立ち直ったんですか?」

ハービー:「あと2、3日休むと進級できないと学校から言われて、もう死ぬ思いで学校に行ったんですよ。中学1年の3学期でした。でも、意外とクラスの生徒たちはドライで、僕のことを忘れてくれたみたいで、全然楽しくは無かったけど、虐められることもなかった。で、2年になる時クラス替えがあって、少し気が楽になったんです。担任もさっぱりした体育の先生に変わって。それまで僕は小学生の頃から先生に笑いかけられたことが1度も無かったんです。でもその先生は、教室の隅でポツンとしている僕を見て、優しく僕の肩をたたきながら、『何か言えよ』って笑いかけてくれたんです。その笑顔には救われましたね。その先生には2、3年前にお会いして、僕はその時のお礼を言ったんですけど、先生はそのことを覚えていませんでしたね。ただ、『そうだったのかぁ・・・でも先生っていうのは、何気ない一言が生徒の一生に影響を与えることがあるのかと思うと、ちょっと怖くなるなー』っていうようなことを言っていましたね。」
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