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― はじめまして。瀧下さんの肩書きは『絵描き』ということですが、なぜ、画家とかアーティストではなく『絵描き』なんですか?

「『アーティスト』では漠然としすぎているし、『画家』は・・・、なんだか壁を作っている感じがするので、今のテイストで描いてる間は『絵描き』と呼ばれる方がしっくりくるんです。35歳くらいになってもう1歩大人の階段を上ったら『絵描き』から『画家』に変えようと思っています。」
― 瀧下さんは『桃太郎図』をライフワークになさっているということですが、なんとも愛嬌があって生活感のある鬼の絵が印象的ですよね。でも、肝心の桃太郎が出てこないのですが…。
「『桃太郎図シリーズ』が自分のライフワークとなって約7年、これまで『桃太郎図』を350作くらい描きましたが、まだ桃太郎は出てきていません。正確には、熊本市現代美術館の個展用に描いた『イヌ・サル・キジにキビダンゴを差し出す右手』という作品で1度登場していますが(笑)。初期の構想では、単純に鬼を描くのが楽しかったので後回しにしていただけだったのですが、シリーズを進めていくうちに『桃太郎は出さないほうがいいんじゃないか?』と考えるようになりました。主人公であるはずの桃太郎を登場させないことが、イメージを掻き立てる1つの材料になっていて、絵を観てくれた人から、『画面の少し外に居るのでは?』とか、『作家本人が桃太郎?』とか、『観ている人が桃太郎?』などなど、様々な反応が返ってくるんです。なので、今のところ登場する予定はありませんが、まだまだ先が長いので、そのうち登場させたくなるかもしれませんね。一応500作が目標なので。500作と決めたのは、ある時誰かに『どれくらい描くの?』と聞かれて、つい勢いでそう言っちゃったというだけの理由なんですけどね(笑)。」



― 『桃太郎』をテーマにしようと思ったきっかけは何だったのですか?
「きっかけは大学院の時の卒業制作ですね。それまでは動物などの生き物を写実的に描いていたのですが、修了制作にはこれまでの作品とは違う、もっと『自分のイメージをぶつけられる作品』を創ろうと考え、その時偶然落書きしてた『鬼』を描こうと。で、ただ漠然と『鬼』を描くよりも何かもっとテーマを絞ろうと思い、昔話の『桃太郎』にしました。『桃太郎』は日本人だったら誰でも知っているお話ですが、実はそんなに深くも知らない話なので、イメージも膨らませやすいし、観る人も受け入れやすい、ちょうどいいテーマだと思いまして。絵のモチーフの大筋は桃太郎の原作ですが、それ以外にも細かい話を自分で考えて広げていっている、という感じですね。例えば『川で虎パンを洗濯してる鬼』や『楽しく酒を飲んでる鬼』など鬼目線での生活感ある場面を描いたりもするのですが、結構、違和感なく観てもらえますね。」
― 鬼というと、怖い、強いというのが普通のイメージだと思うのですが、瀧下さんの描く鬼は、なんともいえない愛嬌というか不思議な味がありますよね。なにか、制作上のコツとか秘密があるのですか?
「実は、下絵を利き手と逆の左手で描いているんです。鬼は実際に存在するものではないので、慣れない左手で描いて、偶然ずれてしまった線の方が逆にいい雰囲気が出るし、右手で描く作品はどうしてもバランスの良い形を描こうとしてしまい、いい意味でのアンバランスさが画面から消えてしまうんです。僕はイメージ重視なので、スケッチもしないでいきなりパネルに左手で描いていって、しかも描き直しもしません。最初に1発で描いた絵をそのまま活かして、そして今度は右手の彫刻刀でその線を彫っていって、色を付けるんです。今ではもう、左手も慣れてしまっているので、右手と同じくらい上手く描けてしまうのですが、失敗も有りだと割り切っている左手と、無意識のうちに良い形になるまで描き直そうとする右手だと制作中のモチベーションが全然違うし、『楽しく描こう』と思うとやっぱり左が1番ですね。いつも本当に楽しみながら描いていますよ。」

― 鬼を描く前から、絵に『日本』のテイストはあったのですか?
「ありましたね。僕は元々仏像や、襖に描かれている絵が好きなんです。で、それも創られたばかりの新しい作品ではなく、ある程度年月が経って、仏像だったら表面が剥がれて落ちてきていたり、絵だったら陽に焼けちゃっていたりと、古さが出ているようなものが好きですね。今の自分の作品でも、そういった古さは意識しています。自分が好きな日本的なものを、自然にモチーフとして選ぶようになったという感じですね。」
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