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たばこワールド

茨城県代表「水府葉」 北関東で出会った葉たばこ 1 茨城県代表「水府葉」
第1章では、茨城県の常陸太田市で耕作されている水府葉にスポットを当てます。在来種の中でも水府葉は、三大銘葉と呼ばれる葉たばこの1つとしても有名です。ここでは、水府葉を含め、三大銘葉と呼ばれる在来種の葉たばこに関しても触れていきます。
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“Suifu-ha”data file 〜水府葉データ・ファイル〜
名称 水府葉(すいふは)
主産地 茨城県常陸太田市(=旧・久慈郡赤土村)
名前の由来 江戸時代の水戸の異称である“水府”から
葉の色 成長期は緑色だが、収穫期には黄色がかる
葉の形 柄に近い部分は肩が張ったように幅が広く、先端に向かって細くなる
幹長 約175cm 最大葉長 約50cm
幹径 約3cm 最大葉幅 約30cm
全葉数 約28〜31枚
耕作の起源 赤土村の安養院の住職である宥範(ゆうはん)上人が、慶長13(1608)年に江戸の儒学者である林羅山から種子をもらい受け、この種子を村民の金田次兵衛に与え、寺の境内で試作したといわれる


銘葉と称された葉たばこが潤した町・常陸太田
  元禄(1688〜1703年)時代に水府葉の栽培を奨励したのは、水戸黄門でおなじみの水戸藩藩主=水戸光圀といわれます。赤土村周辺で生産された葉たばこはこの水戸藩が買い上げ、江戸には同藩の葉たばこを取り扱う会所が設けられました。
  常陸太田のたばこ問屋の商人たちは、赤土村を中心にした生産地より葉たばこを買い付けると、現在の常陸太田市鯨ヶ丘にあった“太田の市”に集積し、各地に出荷していました。明治時代に入ると、ますます太田の市での葉たばこの売買は盛んになり、取り引きは問屋の店先や街頭で行われ、水戸や湊(=現・ひたちなか市)の加工業者に販売されました。
  明治10(1877)年に行われた第一回内国勧業博覧会では、赤土村の水府葉が1等賞を獲得。江戸時代から評価の高かった水府葉は、ますます銘葉としての地位を高め、全国に知れわたるようになったのです。
太田の市が開かれていた鯨ヶ丘は、現在も“蔵の町”として有名
旧・赤土村の安養院跡にある「水府煙草栽培起源の碑」
水府煎餅
常陸太田の鯨ヶ丘に、大正時代から販売されている「水府煎餅」があります。この煎餅は水府葉の形を模したもので、“水府”と書かれたデザインが特徴です。
商品提供:山林堂本店
水府たばこ絵はがき
昭和初期に発行された水府葉の耕作の歴史を伝える貴重な資料です。
在来種よもやま話 part.1 葉たばこの“3大銘葉”を知る 国分葉

秦野葉

  在来種とは、江戸時代から日本の各地で栽培されてきた葉たばこの総称であり、明治以降に諸外国から導入した葉たばこと区別するために用いられた語です。
  在来種には数多くの種類が存在し、明治31(1898)年の葉たばこ専売制の施行にあたり、当時の大蔵省が全国のたばこ産地を調査したところ、葉たばこの種類は70数種類に及びました。さらに、各種類には多数の品種が含まれていたため、170以上の名称が挙がったといわれます。
  この在来種には“銘葉”と呼ばれるものがあり、その中でも有名なのが“3大銘葉”です。代表3葉にも諸説ありますが、鹿児島県の“国分葉(こくぶは)”、茨城県の“水府葉”、神奈川県の“秦野葉(はだのは)”が、特にその代表として知られています。また、これらの葉たばこを耕作している産地は“銘葉産地”と呼ばれ、古くから優良な品質の葉たばこを栽培する地としても名高いのです。
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