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| 第1章では、茨城県の常陸太田市で耕作されている水府葉にスポットを当てます。在来種の中でも水府葉は、三大銘葉と呼ばれる葉たばこの1つとしても有名です。ここでは、水府葉を含め、三大銘葉と呼ばれる在来種の葉たばこに関しても触れていきます。 |
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| 元禄(1688〜1703年)時代に水府葉の栽培を奨励したのは、水戸黄門でおなじみの水戸藩藩主=水戸光圀といわれます。赤土村周辺で生産された葉たばこはこの水戸藩が買い上げ、江戸には同藩の葉たばこを取り扱う会所が設けられました。 常陸太田のたばこ問屋の商人たちは、赤土村を中心にした生産地より葉たばこを買い付けると、現在の常陸太田市鯨ヶ丘にあった“太田の市”に集積し、各地に出荷していました。明治時代に入ると、ますます太田の市での葉たばこの売買は盛んになり、取り引きは問屋の店先や街頭で行われ、水戸や湊(=現・ひたちなか市)の加工業者に販売されました。 明治10(1877)年に行われた第一回内国勧業博覧会では、赤土村の水府葉が1等賞を獲得。江戸時代から評価の高かった水府葉は、ますます銘葉としての地位を高め、全国に知れわたるようになったのです。 |
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| 太田の市が開かれていた鯨ヶ丘は、現在も“蔵の町”として有名 |
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| 旧・赤土村の安養院跡にある「水府煙草栽培起源の碑」 | |
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| 商品提供:山林堂本店 | ||||||||||||
| 昭和初期に発行された水府葉の耕作の歴史を伝える貴重な資料です。 | ||||
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