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| 江戸川のゆったりとした流れを臨む千葉県市川市の「里見公園」は、多くの人たちが集う憩いの地です。この園内には、明治から昭和初期にかけて活躍した詩人・北原白秋が、住居兼創作活動の場として用いた『紫烟草舎(しえんそうしゃ)』が保存されています。 |
| 北原白秋といえば、1日に1ダースものたばこを吸ったといわれるほどの愛煙家。友人や弟子たちに語った“僕の詩はたばこの煙から生まれるんだ”という言葉は、とても有名です。そんな彼は、大正5(1916)年の夏から約1年間にわたり、現在の江戸川区北小岩に小さな離れ屋を借り、創作活動を行いました。その建物こそが『紫烟草舎』なのです。 この『紫烟草舎』の名の由来は、“かまどから立ち昇る煙から”とされていますが、そこは愛煙家の北原白秋のこと。たばこの煙を意味する“紫煙”にかけていたともいわれます。そんな『紫烟草舎』で白秋が創作活動を行ったのは、日常生活もままならないほどに貧窮していた時代でしたが、これが彼にとっては新たな作風や境地を生み出すきっかけともなりました。そして、ここから世に送り出されたのが、彼の代表詩集の一つである歌集「雀の卵」だったのです。 北原白秋が去った後、江戸川のほとりにあった『紫烟草舎』は、河川工事のために解体されてしまいますが、昭和44(1969)年には、彼が江戸川堤から眺める風景として気に入っていた対岸の「里見公園」内に移築・復元されます。こうして今もなお『紫烟草舎』は、北原白秋の愛した風景とともに生き続け、彼の作品の素晴らしさを後世に伝えているのです。 |
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| ■ 写真で見る『紫烟草舎』 | |
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| ■ アクセス | |
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![]() 「里見公園のバラ園」 |
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![]() 「亀井院の北原白秋の歌碑」 |
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![]() 「15種ある掲示板の1枚」 |
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| 『紫烟草舎』 〒272-0827 千葉県市川市国府台3-9 里見公園内 『紫烟草舎』の詳細はこちら ●JR総武線「市川」駅または京成本線「国府台」駅から、 京成バス「松戸駅」「国分操車場」「北国分駅」行きのいずれかに乗車。「国立病院」下車、徒歩5分。 『紫烟草舎』のある「里見公園」は、高台にあるため、天気が良い日には富士山や東京スカイツリーなどが一望でき、目下に広がる江戸川とともに最高のロケーションを楽しめる場所です。公園内には、約93種類・600本のバラが1年中楽しめる「バラ園」をはじめ、「国府台城跡」などの史跡も存在します。 ここで、『紫烟草舎』の内部が一般に公開されるのは、春の「里見公園桜まつり」を筆頭に、公園内で市川市のイベントが催される時に限定されています。その際は、北原白秋の著書や、彼が実際に使用していたとされる机や花瓶なども展示されます。 また、北原白秋は市川の地と縁が深く、『紫烟草舎』で暮らす直前には「里見公園」の近隣にある『亀井院』に寄宿していました。ここから同寺院には、“蛍飛ぶ真間の小川の夕闇に 鰕(えび)すくふ子か水音立つるは”の句が刻まれた歌碑が建立されています。 北原白秋以外にも映画「ひめゆりの塔」の脚本家・水木洋子や、「手鎖心中」の小説家・井上ひさしほか、多数の文人が暮らしていた街・市川。“文学の散歩道”と題され、多くのパネルが展示された小道を歩きつつ『紫烟草舎』を訪れる…。そんな日本の文学に触れる休日を、皆さんも楽しんでみてはいかがでしょうか。 |
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| 紀行・第6回 | 『紫烟草舎』 | 千葉県市川市 | |
| 紀行・第5回 | 『東京都立日比谷高等学校』 | 東京都千代田区 | |
| 紀行・第4回 | 『旧専売局 千厩葉煙草専売所』 | 岩手県一関市 | |
| 紀行・第3回 | 『別雷神社』 | 栃木県那珂川町 | |
| 紀行・第2回 | 『桧原温泉 たばこや旅館』 | 福島県耶麻郡 | |
| 紀行・第1回 | 『長楽館』 | 京都府京都市 | |