特別展Exhibition

この一枚この一本が再建の礎だ

 


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 1945(昭和20)年8月15日、昭和天皇の玉音放送により、人々は日本の敗戦 を知った。しかし、戦争が終わったからといって、人々の日常生活がすぐに好 転するはずはなかった。外地からの帰還兵や引揚者の多くは失業したままで、 住居もままならない人も少なくなかった。食糧難は深刻で、この年、成人に必 要なカロリーは、配給ではわずか半分しか摂取できず、残りはヤミで補うとい った状況であった。
 新宿や池袋、渋谷などの繁華街には大規模なヤミ市が開かれ、金さえあれば、 食物や生活必需品は手に入れることができた。しかし、ヤミ物資は高価であっ たため、人々は、金になるものは何でも売って食いつなぐ、いわゆる"たけのこ 生活"を強いられていた。極度の食糧不足に対し、1946年5月、皇居前で開か れた食糧難を訴える食糧メーデーには、実に25万もの人々が参加している。
 たばこや塩もヤミ取引きの対象となったが、どちらも、ヤミ市での交換比率 は高く、特にたばこは、製造能力が落ち込み(戦前の45%以下)、原料不足も深 刻であったため、通貨の代わりをする程高騰していた。そのため、葉たばこの 密耕作や横流し、大規模あるいは小規模の紙巻きたばこの密造が後を絶たなか った。しかし、当時たばこや塩からの税収は国の重要な財源で、予算の約5分 の1を占めるまで増収が図られていた。国の再建のためにも、専売局は専売監 視官を大増員し、各地に配置して、不正の取締りにあたった。

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●敗戦パイプ、陶製きせる
●進駐軍用たばこ
●シケモク
●新生福引券

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