特別展Exhibition


Social Landscape of the Meiji Era
新しいメディア「新聞」
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東京日日新聞 創刊号 「東京日日新聞 創刊号」
明治5年(1872)2月21日付
日本新聞博物館蔵
新しいメディア「新聞」
明治初年に数多く生まれた新聞は、明治15年(1882)ころまでは、部数を伸ばし、大新聞(おおしんぶん/紙幅が広く、文語体で書かれた政論中心の新聞)の「東京日日新聞」や小新聞(こしんぶん/世相、センセーショナルな事件を談話体の文章でつづる、ルビ付きの新聞)の「読売新聞」のように1万部を越えるものも現れます。明治10年代半ば以降、自由民権運動の衰退のため、いったんは減少していきますが、明治23年(1890)の国会開設などの気運に乗って、再び新聞の種類は増え、それぞれの部数も伸びていきました。こうして新聞は、広く人びとに政治や社会の情勢を伝えるメディアとして定着していきました。
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