特別展Exhibition

明治のたばこ王 岩谷松平(いわやまつへい)
壱、薩摩から東京へ 弐、天狗の岩谷
参、明治たばこ宣伝合戦 四、専売制施行とその後の岩谷
  弐、天狗の岩谷  
  「花は霧島 煙草は国分」と歌われるように、たばこは薩摩の特産品の一つとして江戸時代から知られており、岩谷松平も、伝統的な国分の刻みたばこなどを「薩摩煙草」として販売していました。

一方、岩谷は外国からもたらされた紙巻たばこにもいち早く目をつけ、弟・右衛(うえ)らをアメリカに派遣し、製造技術を学ばせるなどして、自身でも本格的な製造に着手。そして明治17(1884)年頃に、口付紙巻たばこ「天狗たばこ」を発売しました。まだまだキセルで吸う刻みたばこが全盛であった当時の日本において、岩谷は、“大安売の大隊長”を名乗って、赤服に身を包み引札、看板、新聞広告など、ありとあらゆる広告手段を使って宣伝を行い、紙巻たばこの普及に努めました。

そして明治20年代になると、第3回内国勧業博覧会で岩谷商会が出品した紙巻たばこが有功賞三等を獲得。さらに、宮内庁から日清戦争での恩賜のたばこの製造委託を受けるなど、紙巻たばこ「天狗たばこ」とともに、「天狗の岩谷」の名は、明治の世に広まっていきました。
 
 
「岩谷商会」引札
zoom 「岩谷商会」引札
「鷹天狗(口付たばこ)」
zoom 「鷹天狗(口付たばこ)」
 
  赤服のいわれ  
  天狗と岩谷  
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