特別展Exhibition

明治のたばこ王 岩谷松平(いわやまつへい)
壱、薩摩から東京へ 弐、天狗の岩谷
参、明治たばこ宣伝合戦 四、専売制施行とその後の岩谷
  村井の登場  
  村井吉兵衛(1864-1926)は、京都のたばこ商の家に生まれました。東京での岩谷商会・千葉商店の盛況ぶりを視察し、紙巻たばこの流行の機運を感じた村井は、アメリカ人技師の指導を受けながら紙巻たばこの製造に着手。明治24(1891)年に「サンライス」を発売しました。翌25(1892)年には、東京・日本橋区室町2丁目に支店を出し、岩谷の天狗たばこ、千葉の牡丹たばこなどと本格的な競争が始まりました。

「サンライス」が順調に売り上げを伸ばしていく中、村井は自らアメリカに渡り、葉たばこの栽培から紙巻たばこの製造、さらには販売や宣伝方法まで調査を実施。ここでアメリカ葉の輸入ルートを作った村井は、帰国後、アメリカ葉を使ったたばこの製造を開始します。そして、明治27(1894)年3月に発売されたのが、両切紙巻たばこ「ヒーロー」です。

「ヒーロー」はそれまでの日本のたばこにはない新しい味に加え、音楽隊などの洋風宣伝が功を奏し、瞬く間に売り上げを伸ばしていきました。その成功を受け、同年5月さらなる事業拡大を目指し、実兄で村井本家を継いでいた弥三郎と組んで、「合名合資会社村井兄弟商会」を設立。そしてこの年の8月、日清戦争勃発を受け、紙巻たばこの需用が急速に高まる中、その市場を巡って、岩谷商会と村井兄弟商会の販売競争が激化していきました。
 
 
「ヒーロー」
zoom 「ヒーロー」
「ヒーローポスター」
zoom 「ヒーローポスター」
 
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