JTには、生命科学の研究機関でありながら、一般来館者に開かれた文化施設がある!

科学を伝えるだけでなく、来館者自身の問いを育てる──。研究と表現が交差するJT生命誌研究館で働く二人の視点から、生命の謎に向き合う喜びと、その魅力を社会へ届ける取り組みをひもときます。

読了目安時間約9分

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「生命誌」をひもとく、研究・展示施設とは

 

先日、子どもと一緒に図書館に出かけました。うちの子の最近のお気に入りは、生物図鑑。中でも、生命の誕生や発生についてのページを食い入るように眺めています。この好奇心をもっと刺激してあげたい! と考えていた時、JTグループのある施設を思い出しました。

 

その施設とは、「JT生命誌研究館」。JTグループには、生命科学を主に取り扱う研究・展示施設があるんです! でも、「生命誌」って何だか聞き慣れない言葉。そこで同館のサイトを見てみると、“「生命誌」とは、人間も含めたさまざまな生きものたちの「生きている」様子を見つめ、そこから「どう生きるか」を探す新しい知 ” と書かれていました。生きものの体の仕組みや生態を学ぶことから、私たち人間の生き方をも探っていく学問のようです。気になった私は、さらに詳しく調べてみることにしました。

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科学から「生きる」ことを考える、ユニークな施設

 

JT生命誌研究館が開館したきっかけは、現名誉館長である中村桂子(なかむら けいこ)氏の発案によります。「生きものの中の一つとして人間を捉えるような生命科学が今の時代に求められている。さらにそれを突き詰めて研究し、社会に広めるための場が必要だ」と、同館設立を提唱したのです。JTはこの想いに共鳴・協力し、1993年に開館。現在は、生命の進化や発生、生態系という切り口で研究を担う「研究セクター」、その研究成果や関連するテーマをわかりやすく表現し社会に届ける「表現セクター」、館の運営をサポートする「事務セクター」の3つのセクターで活動しています。

 

実際に現地に訪れたところ、入館してすぐに「生命誌絵巻」が迎えてくれました。これは、38億年の生命の歴史が色鮮やかに描かれた絵画で、人間もその一部として登場します。さらに、「生命誌の階段」では、壁面のイラストを見ながら一段進むごとに生命の進化をたどることができ、最後の一段には人間の姿が。他の展示物にも、私たち人間も生きものの一部であるというメッセージが込められ、来館者の感性や体感を通して伝わってくる仕掛けになっています。

 

他の博物館にはない、独自の世界観をもつこの施設についてますます興味が湧いた私は、ここで働く人に話を聞きたくなり、研究セクターの佐々木綾子(ささき あやこ)さんと表現セクターの齊藤わか(さいとう わか)さんの元を訪れました。

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科学や生命の面白さを、皆さんに届けて分かち合いたい

 
ともこ: Webサイトや展示から、ユニークな研究館だということが伝わってきました。改めて研究館のコンセプトやこだわりを教えてください。
 
佐々木さん: 私たちJT生命誌研究館は、「科学のコンサートホール」というコンセプトを掲げています。音楽は楽譜だけでは成り立たず、演奏されることで伝わりますよね。科学も同様に、論文にするだけではなく、どんな人にも届くように表現し、伝えることで真に意味を持つ、という当館の理念が込められています。これに加え現在は、「問いを発掘する場」というコンセプトも掲げています。来て、見て、楽しむだけでなく、知識を得た後に自分にとっての問いを見つけてもらいたい――そんな考え方の下、私たちは研究や表現に取り組んでいます。
 
齊藤さん: 博物館や美術館では「教育・普及活動」がよく行われていますが、私たちはあえてその言葉を使わないようにしているんです。これは、「生命について知ることは、単に役立つ勉強ではなく、私たち人間が豊かに生きてゆくための礎である」という、中村名誉館長の考え方に基づいています。研究館として来館者に教えるのではなく、共に感じ、考えるきっかけをつくりたい、という想いの表れですね。
 
ともこ: 「人間とは」「生きるとは」と根源的な問いに触れられながらも、音楽のように直感的に楽しめて、「こんなに豊かな学びがあるんだ!」とワクワクしました。こうした研究館の活動を支えるお二人の普段のお仕事や、セクター間でどのように連携しているのか、教えてください。
 
佐々木さん: 私が所属している研究セクターの「昆虫食性進化研究室」では、母チョウが幼虫の餌になる葉/ならない葉を見分ける仕組みを探っています。チョウの幼虫は種類によって食べられる葉が決まっていることから、母チョウは正確に植物を見分けて産卵します。でも、めったにないことですが異なる葉に産卵し、幼虫が育つこともあるんです。こんな偶然が重なることによって、種の分化が起こると考えられています。そのシステムを解き明かし、ひいては進化の仕組みに迫ることが研究の目的です。私は研究補助員として、産卵の条件を検証する実験やデータ解析、チョウの飼育などを担当しています。
 
齊藤さん: 研究セクターの研究成果や生命誌に関連する科学トピックを、展示や小冊子、映像作品、研究館サイトのコンテンツなど多様な手段を通して世の中に届けるのが、私たち表現セクターの仕事です。私の主な担当は季刊『生命誌』の制作で、研究館におけるホットなニュースや、注目に値する科学テーマを記事化しています。
 
そのため、館内で随時共有される研究セクターの情報には常にアンテナを張り、論文発表や研究の進展があれば、解説記事の制作も行います。私は理系大学院出身ですが、一口に科学と言ってもそれぞれの専門領域は奥深く、研究内容によってはすぐ理解するのが難しいこともあります。ですから、必ず研究者から直接話を聞くようにしています。そうすることで、研究内容だけでなく、どんな興味からそのテーマに取り組んでいるのかといった、想いにも触れることができるんです。研究者の姿勢や情熱も含めて、記事に丁寧に反映するよう心掛けています。
 
佐々木さん: 季刊誌や展示の制作だけでなく、館内のイベントでもセクター間で連携することがありますよね。月に一度のレクチャーイベントである「生命誌の日」は協力して催しています。また、団体での来館者に対して研究室の室長が講演をすることがあるのですが、講演内容などは表現セクターと相談しています。私たちは研究のことを知ってもらいたい! と、ついつい盛り込みすぎるのですが(笑)、来館者にとって分かりやすいように、どんなトピックに興味を持ってもらえそうかを議論しているんです。
 
 
ともこ: 両セクターが一緒になって考えることで、提供している情報がブラッシュアップされているのですね。お二人それぞれの領域で、やりがいを感じた瞬間についても教えてください。
 
佐々木さん: 実験を繰り返し、予想した研究の仮説を裏付けるデータを集められた時には、大きなやりがいを感じます。特に印象に残っているのは、イチジクとイチジクコバチという昆虫の研究ですね。この昆虫は、イチジクの受粉を助け、さらにイチジクの実のような花嚢(かのう)の中で幼虫が育ちます。イチジクとお互いになくてはならない関係を持つ、珍しいハチなんです。両者の共生関係を探るために、イチジクの生息地の近くに泊まり込み、時には一日中山歩きをしながらサンプル採集をしました。大変ではありましたが、それによって仮説を裏付けるクリアなデータが出た時は感動しましたね。科学の醍醐味を感じた瞬間でした。
 
研究館の屋上にある「Ω(オメガ)食草園」。母チョウが訪れ、植物に産卵する
 
齊藤さん: 私は、今までになかった新しい表現手法を生み出した時にやりがいを感じますね。以前、季刊『生命誌』で動物の受精卵から赤ちゃんの体が形づくられるまでのプロセスを研究する「発生学」を特集した際には、何とか分かりやすく表現できないか悩み尽くしました。難しくて苦手に感じる方も多い分野なだけに、さまざまな論文や文献を参照しながら、デザイナーさんにもご協力いただいて。苦労を重ねた末に、学校の教科書には載っていないビジュアルで発生学を表現できた時には達成感がありました。
 
この仕事で表現に徹底的に向き合った経験は以降の季刊誌に生きています。また、難しい分野にチャレンジしたからこそ、簡単に理解や表現ができない“生命の複雑性”へ、真に触れることができたのかな、とも感じました。
 
ともこ: お二人とも実直に仕事をされていることが伝わる素敵なエピソードですね。科学を愛しているからこそ、大変な仕事でも乗り越えられるのだと感じました。最後に、今後の展望について教えていただけますか?
 
佐々木さん: もともと私は理系の大学院を出て一度は別の仕事に就いたのですが、科学の面白さがどうしても忘れられなくて、この世界に戻ってきました。戻ってきたことで、日々「なぜ?」という疑問を探求していけるのが何より楽しいんです。
 
最近、国立遺伝学研究所の近藤滋先生が講演に来てくださった時、「科学は推理小説と同じように謎解きを楽しむ事ができるもの」とおっしゃっていて、これにすごく共感しました。自分で謎を打ち立てて、実験を通して仮説を検証し、時には未解明の謎を解き明かすことができる――そんな壮大とも思える科学研究に携わりながら、科学の魅力を広く一般に共有していくJT生命誌研究館のユニークな活動に、これからも積極的に関わっていきたいですね。
 
齊藤さん: 表現に携わる中で、いつも意識しているのは「自分は何を伝えたいのか」という問いかけです。主観的になりすぎて伝わらないのはもちろんだめですが、客観的な事実を言葉で並べるだけでも見る人の心には響きません。だからこそ、自分の心が動いた理由を丁寧に掘り下げていくことが大切だと思っています。
 
この問いかけのプロセスを通して、伝えたいことが明確になると、表現の軸が定まり、言葉や構成の選び方に迷いがなくなります。結果として、余計な説明に頼らずとも、見る人の心にすっと届く表現が生まれる。これからも科学の新しい知見に触れながら、自分自身が「面白い」と感じたことをより本質的な形で伝えていけるように、表現を深めていきたいです。
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「勉強する」から「感じる」ことで味わう、生命誌の旅

 

最初は、「生命誌という学問を勉強する場なのかな?」と思っていました。でも展示を見ていると、知識を得るだけではなく、「生きているってどういうことだろう?」と自然と考え始め、自分の生き方まで見つめる時間に。「生命や生きものから、生きていることを考える場」とはこういうことなんだ! と実感しました。JT生命誌研究館はこんなふうに、生命の不思議を伝えると同時に、人の生き方に問いを投げかけ、考えるきっかけを来場者に届けています。まさにこれは、「心の豊かさ」にもつながっていると感じました。

 

生命誌を通じて命の不思議さや生きものの面白さを知って、とっても心豊かな時間を過ごすことができるJT生命誌研究館。ぜひ、もっと多くの人に知ってもらいたい! 次は子どもと一緒に訪れて、生命の歴史に触れる感動と楽しさを分かち合いたいと思います!

 

JT生命誌研究館
開館時間 10時~16時30分
入館料 無料
休館日 月曜日、年末年始

住所 大阪府高槻市紫町1-1

profile

担当社員の
ひとことプロフィール

佐々木綾子さん。JT生命誌研究館 研究セクター所属。最近、心の豊かさを感じた瞬間は、万博に行った時。展示されていた最新テクノロジーを前に大人から子どもまで驚いていて、みんなで一緒に感動していたことをうれしく思ったそう。

※プロフィール掲載内容は2025年10月の取材当時のものです

齊藤わかさん。JT生命誌研究館 表現セクター所属。最近、心の豊かさを感じた瞬間は、ダイナミックな形の雲を見た時。そもそも雲ができるのは水がある地球という惑星ならではの特徴で……などと科学的な視点から考えを巡らせると、目の前の景色の違って見えてくることに、豊かさを感じたそう。

※プロフィール掲載内容は2025年10月の取材当時のものです

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