■ 男性更年期から見えた“自分ごと化”の重要性
ともこ:
男性更年期障害の講演会で、小川さんが「自分も当事者になるかもしれない」と話していたのが印象的でした。性差に基づく健康課題は女性だけの問題ではないと改めて感じましたが、Wellness Advanceの導入背景やこだわったポイントを教えてください。
田中さん:
JTでは以前から、生活習慣病やメンタルヘルスなど、従業員が長く働き続けられるように健康支援を行ってきました。近年は SRHR(性と生殖に関する健康と権利)の重要性が社会的にも注目され、性差に基づく健康課題が仕事に影響を与えるケースが可視化されてきています。こうした課題に向き合うことは、従業員の心身の健やかさを守るだけでなく、会社の持続的成長にもつながると考え、Wellness Advance を導入することにしたのです。
Wellness Advanceでは、更年期障害や月経随伴症状、性別特有のがん、妊孕(にんよう)性の低下といった、仕事との両立に影響を及ぼす可能性がある健康課題を対象にしており、「働き方」と「経済的支援」の2つの視点から制度を新設・拡充しました。あらゆるライフステージに対応しつつ、男女共に利用できる制度設計にしたことは、私たちが強くこだわったところです。
遠藤さん:
こういう取り組みって、どうしても女性のための取り組み、男性はフォローしてあげる立場と思われがちなんですけれど、そうではなく、みんなが自分事として受け止められる制度にすることが定着の一歩だと考えたんですよね。実際に不妊治療や更年期障害などは、男性も当事者となり得る健康課題ですから。
小川さん:
講演会のあとに制度のガイドブックを読み返したら、確かに自分にも矢印が向いていると感じました。男性更年期障害の話を聞いた直後だったので、なおさら響きましたね。
山崎さん:
制度の定着に向けて、もう一つこだわったのが、Wellness Advanceの柱の一つに風土醸成を掲げたことです。実は以前も、生理休暇制度はあったのですが、あまり活用されていなくて。「制度を利用したくても、上司に言いづらくて悩んでいる」というような声が人事部に届くことがありましたし、私自身も以前いた部署で、業務中に生理のことが気になっても「ちょっと休憩を取りたい」と言い出せなかった経験があります。そうした隠さなきゃいけないこと、という空気を変えないと、いくら制度を充実させても活用されない状況は変わらないと思ったんです。
遠藤さん:
風土醸成の取り組みとして、健康課題への理解を深め、互いを思いやる職場づくりを進めるために、男性更年期障害に関する講演会をはじめとするさまざまな施策を実施しています。JTには小川さんのおられる北海道支社をはじめ全国に拠点があるので、今後は、こういった性差に基づく健康課題への取り組みについても各拠点が各エリアの産業保健担当(医療職)と連携し、取り組める仕組みにしました。男女それぞれの辛さや健康課題に関する理解を皆で深め、共通の言語を持てるようにすることが、職場での円滑なコミュニケーションの一歩になると考えています。
ともこ:
講演会の後、更年期障害について同性同士、あるいは男女間でけっこうフランクに会話している様子が見られました。職場で堂々と口にできるだけでも、大きな変化ですよね。
山崎さん:
講演会直後だけでなく、普段の休憩時間でも話題になることがあって。まさに企画で狙っていたことなので、うれしいです。それから、制度を利用する際の申請先は直属の上司になることから、管理職の方の理解って本当に大切なんです。そのため、部下との適切なコミュニケーションを学べる管理職向けのeラーニングを展開しました。このeラーニングでは、育児・介護や性差に基づく健康課題など、部下が抱える多様な背景を踏まえたコミュニケーションのポイント例を具体的な事例を交えて紹介しています。例えば、生理休暇の申請に対して「他の人からは申請されたことがない」といった言葉や、男性部下から育児休職を取りたいと言われたときに「パパになったんだからもっと仕事を頑張らないと」などの声掛けは、申請に対する否定にも聞こえてしまいますし、適切ではありません。不妊治療に関して「いつ頃妊娠する計画でいるの?」というような質問もご法度です。そもそも、妊娠できるかどうか分からないですから。
■ 「大丈夫?」はOK。でも“匂わせ表現”は避けたい理由
ともこ:
性差に基づく健康課題って、女性同士でも気軽に話せるものではないですし、逆に相手の気持ちが分かるからこそ話しづらい場面もあったりします。特に不妊治療はセンシティブなので、自分の言葉が相手を傷つけないか、とても気をつかいます。上司の立場、かつ、男性管理職なら、なおさらハードルが高いはず。具体事例を学べるeラーニングの存在は助かりそうですね。
小川さん:
そうですね、過去に自分が不適切な発言をしてしまっていないか心配なところはありますが、今後のために心して受講したいと思います。ここまで皆さんの話を伺って、理解を深めることがコミュニケーションの土台になる、というのは納得です。ただ、こちらから能動的に声を掛けるのはやっぱりハードルが高いと感じます。過去に、部下から「今日は(生理が)重たい日なので」と相談を受けることはあって。そうやって自分から言ってくれれば配慮はしやすいのですが、相手から具体的な相談がない場合に、自分から聞いてしまうと、ハラスメントと受け止められそうで正直怖い。「今月、大丈夫?」みたいな遠回しな言い方にすればいいのかな、と悩みますね。
田中さん:
どれだけ話しやすい職場環境づくりを進めても、上司との関係性や個人の価値観によっては、どうしても話したくないという人はいると思うんです。そういう人に具体的な説明を迫る必要はなくて。辛そうにしている様子であれば、「大丈夫?」くらいの声掛けで十分だと思います。
山崎さん:
ただ、「今月」という単語が付くのは、ちょっと嫌かもです(笑)。上司からは、「生理」や「更年期」といった言葉はもちろん、それを匂わせる表現も避けたほうがいいのではないでしょうか。
遠藤さん:
上司に求められるのは、業務上必要な配慮をすることだと思います。今って1on1をはじめ、管理職と部下が話す機会が増えていますよね。そういうときに、管理職の方は「体調はどう?」、「何か気になっていることはない?」などの声掛けを意識してもらえるといいのではないでしょうか。これは性差に基づく課題に限らず、健康面に不安がある場合全般に共通していえることだと思います。
■ “昭和の価値観”改革⁉本音を言える大切さ
小川さん:
おかげで不調を抱える女性部下とのコミュニケーション方法が見えてきた気がします。でも実は、自分と同世代の男性とのコミュニケーションが一番難しいかもしれない、と思うこともあるんです。私は更年期障害や前立腺がんのリスクが高まる世代でもあるのですが、昭和的な価値観のせいか、身体の不調は“弱み”と捉えているところがあって。「今日は二日酔いで……」とは言えても(笑)、身体の課題については口にできない。そういう気持ちが分かるからこそ、話題にしづらいんです。特に男性更年期障害はまだまだ認知度が低いですしね。
山崎さん:
お話を聞いていると、本当は病院に行って診察を受ければ改善できるものなのに、その一歩を踏み出すことすら男性はハードルが高そうだと感じますね。
小川さん:
そうなんです。クリニックにかかることがまずハードルが高い。「小川さん、あなたは更年期障害です」って言われたときに自分はどう受け止めるのか、みたいな不安もあります。そんなことを言われるくらいなら行かない方がいいっていう、臭い物にふたをする精神があるように思います。
山崎さん:
でも、自分の身体をちゃんと労わることってすごく大切だと思うんです。その視点を持つことが、健康課題への理解を深めるきっかけになりますし、周囲への配慮にもつながるのではないでしょうか。
遠藤さん:
そうそう、性差に基づく健康課題って身体の仕組み上、避けては通れないことなんです。自分が悪いとか、怠けているとかでは絶対ないんです。
小川さん:
それってすごく重要な視点ですね。年に1回の定期健康診断のフィードバックで保健師さんに毎年「不摂生を改めてください」って叱られるんですよ、単純に飲みすぎで(笑)。それとこれとは絶対的に違う、ということなんですよね。今の遠藤さんの言葉は、本人も周囲も、この課題と適切に向き合うためのすごくいいメッセージだと感じました。
ともこ:
講演会でつるの剛士さんが「辛い」と本音を打ち明けたことが、向き合うきっかけになったと話していましたよね。あの言葉がすごく印象に残っています。
小川さん:
私もつるのさんのそのエピソードはとても印象に残っています。職場でも普段からいかに本音を言える雰囲気をつくっておくか。それは健康面にかかわらず、さまざまなコミュニケーションの核になるように思います。
■ 付きまとう心配の声…そのアンサーとは?
ともこ:
性差に基づく健康課題に関する知識・共通言語を持ち、本音で語れる風土もある。そういう土台があれば、センシティブな身体にまつわる話題でも、本人が語ったり、周囲が口にしたり、といったことができるようになりそうですね。最後に一つだけ、少しモヤッとする部分を聞いてもいいですか。Wellness Advanceのような制度は常に、「健康問題を抱えた振りをして悪用する人がいるんじゃないか」という意見がつきまとうように思うんですけれど、その辺りはどうでしたか?
田中さん:
症状が外からは見えない分、そうした懸念の声はWellness Advanceの検討時に少なからず寄せられました。実のところ、悪用の例って多くはないはずなのですが、印象に残りやすいために懸念が上がるのだと思うんですよね。でも性悪説に立つと、利用時の要件が増えて窮屈な制度になってしまうので、今回は使いやすさを重視しました。もちろん、可能な限り自分の状況を開示した上で申請してほしいということは、Wellness Advanceのガイドブックなどにも書いています。
遠藤さん:
もし実際に疑わしいと感じることがあっても、上司がそれを指摘するのは難しいと思うんです。一歩間違えば、トラブルに発展しかねません。疑わしいか否かではなく、症状が続いているか否かに着目し、症状が続いている場合は裏に別の病気が隠れていることもありますので、まずは保健師への相談や、病院の受診を促すよう伝えていただけるとよいと思います。適切な医療につながることで辛い症状の改善が期待できますし、仮に悪用していたとしても病院という言葉が抑止になります。上司だけで対処せず、専門家をもっと活用してほしいと思います。
田中さん:
Wellness Advanceには、健康課題の解消を通じて一人ひとりが最大限の力を発揮し、従業員だけでなく会社も前進させたいという想いを込めています。それは、管理職の方も同じです。何か対応に悩んだら、保健師さんや人事部など、どんどん相談してほしいと思っています。
小川さん:
そうですね、悪用疑いの件に限らず、上司である自分だけで全部解決しようとはしないで、さまざまなリソースを活用することは大切な視点ですね。コミュニケーションにおいて、「こうすれば間違いない」という絶対的な解はないもの。これからも関連する健康課題への理解を深めながら、部下一人一人の状況にていねいに目を向けていけたらと思います。ありがとうございました。