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Appassionato ─ 響きにこだわり、奏でる音楽家たち

原点を忘れないこと、常に謙虚であること。それが音楽への誠実さにつながる。──水野由紀さん(チェロ)

公演概要

水野由紀 チェロ・リサイタル

公演日 2013年12月13日(金)
プログラム
F.クープラン(P.バズレール編) コンセールのための5つの小品
L.v.ベートーヴェン モーツァルトの「魔笛」の「娘か女か」の主題による12の変奏曲 ヘ長調Op.66
R.シューマン トロイメライ Op.15-7
G.フォーレ(P.カザルス編) 夢のあとに Op.7-1
F.ショパン 序奏と華麗なるポロネーズ ハ長調 Op.3
F.シューベルト アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
出演 水野由紀(チェロ)干野宜大(ピアノ)

プロフィール

水野由紀(みずの ゆき)

桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学を経て、現在同大学研究科に在籍。これまでに宮崎国際音楽祭、JTアートホール室内楽シリーズ等、出演多数。2012年にCDデビューを果たし、2013年11月には前作の好評を受けてセカンドアルバム「アルペジオーネ・ソナタ」をリリース。「彼女の音色と響きは、艶のある高域から分厚い低域まで、とても変化に富んでいるが、このような特色はシューベルトの《アルペジオーネ・ソナタ》で効果を挙げていて、このロマン的な名曲をすっきりした形で表現している」(レコード芸術/高橋昭氏)等、各音楽誌に取り上げられ高評を得た。これまでにチェロを堤剛氏、菊地知也氏に、室内楽を徳永二男氏、藤井一興氏に師事。

チェロの道を歩む覚悟を決めたとき
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現在、桐朋学園大学の研究科で学びながら、精力的な演奏活動を行っているチェリストの水野由紀さん。チェロとの出会いは9歳のころ。近所の音楽教室で初めて習った楽器だった。

「家族に音楽家がいるわけでもありませんし、いきなりチェロを始めるというのはなかなかないことかもしれません。私の場合は、他の子たちがピアノを習っている中で、違うものがやりたいと選んだのが始まりでした」

その温かい音色に魅了され、以来チェロ一筋に研鑽を積んできた。演奏家の道に進むことを決めたのは、中学生のころ。当時から意志の強い少女だった。

「365日、毎日何時間も練習していました。よく先生に『遊びに行きたくないの?』と聞かれましたが、そう思うことはありませんでしたね。それでも、『自分はこのまま一生チェロだけを弾いていて後悔しないのだろうか』とふと思ったことがありました。そんな中でチェロの道を決心したのは、桐朋女子高等学校の受験を決意したとき。ここで覚悟を決めないと桐朋に行っても意味がない、中途半端な気持ちで進学することは、素晴らしい先輩方がいる桐朋に失礼だと思ったんです。それに、やっぱりチェロが大好きでしたから」
本格派として一歩踏み出すために挑んだアルペジオーネ・ソナタ
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今回のリサイタルでは、チェリストにとってのマスターピースであるシューベルトの「アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821」を中心に据えたプログラムに取り組んだ。先にリリースされたセカンドアルバムにも収録されているこの作品は、シューベルトがすでに病に侵されていた若き晩年、当時発明されたばかりだった弦楽器・アルペジオーネのために書いたもの。

「これはチェリストにとって、もっとも演奏するのが怖い作品の一つです。アルペジオーネとチェロは弦の数も音域も異なりますから、技術的にも難しい。また、23歳の私が作品の精神をどう表現すればよいのかとても悩み、まだ演奏すべきでないのではと思うこともありました。それでも、この作品に挑戦すれば、演奏家として成長してゆくための一歩を踏み出すことができるのではないかと」

気持ちを強く保つため、あえて厳しい目標を据える。今回の選曲は、これから本格派として活動してゆくための決意表明の意味もあった。
今の自分が表現できるシューベルトを求めて
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そんな大曲に取り組むにあたって、まるで巡り合わせのように、さまざまなシューベルトの作品を勉強する機会に恵まれた。

「アルペジオーネ・ソナタばかりを練習していても、作品を本当に知ることはできません。そんな中、ちょうどシューベルトの室内楽作品や交響曲を演奏するチャンスが来て、これは運命なのだと思いましたね」

特に2013年4月、新日本フィルハーモニー交響楽団にエキストラとして参加し、最後の来日となったフランス・ブリュッヘン指揮のもと、シューベルトの交響曲第5番と第8(9)番「グレイト」を演奏したことは貴重な経験となった。

「ブリュッヘンさんの指揮で、一瞬にしてオーケストラの音が変わってしまう。素晴らしいシューベルトで、言葉では表現し尽くせない感動がありました。最後の日本公演に演奏者として立ち会うことができて、本当にラッキーでした」

こうしたいくつかの演奏経験から、現在の自分が感じるシューベルトを思いの限りに表現した。

「アルペジオーネ・ソナタはシューベルトが27歳のときの作品です。年齢的には今の私とあまり変わりませんが、生きた境遇は全く違いますし、なによりこれほどの天才ですから、自分が心から共感できるのはまだ先のこと。むしろ、近づけたなどと思うことすらおこがましくてとてもできないと、取り組んで改めて感じました。これからも一生をかけて勉強していきたい作品です」
緊張を和らげてくれる大切なお守り
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公演当日、前半は星が輝く夜空のような濃紺のドレスで、後半は鮮やかで深いグリーンのドレスで登場した水野さん。ステージで演奏する表情はとても幸せそうだった。

「でも、実はすごく緊張していました。この精神状態が続いたらおかしくなってしまうのではないかと思うほど! いつも決死の覚悟でステージに向かいます。一度出てしまえば、走って逃げるわけにはいきませんからね。それでも演奏を終えたときの達成感は特別で、またステージに出たくなる。自分でも、ちょっと危うい精神状態なのではないかと思うこともあります(笑)」

緊張を和らげるためにも、本番の日にはお守りを欠かさない。

「“これがあれば大丈夫”と思えるものが欲しくて、一度、ハンカチの中にお守りを入れてステージに出たらうまくいったことがありました。それ以来、お守りがないと安心できません。チェロケースの中に入れておいたり、ドレスの裏に縫い付けておくこともあります」
「あなた、笑って!」 ──恩師からの言葉
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どんなに緊張していても、上を向いて堂々とした音楽を届ける。そんな水野さんのステージでの振る舞いは、現在師事している堤剛さんの教えによるところも大きい。

「本番が近づいてナーバスになっていた時期がありました。そんなとき、堤先生から、『あなた、笑って!』と言われたんです。正直、笑っていられるような状況ではないと思ったのですが(笑)、実際、笑うだけで音が変わるんですよね。気持ちが沈んでいると音も下を向いてしまう。笑顔を心掛けると、音が上向きになって遠くに届くのです」

初めてのレッスンで言われた“初心忘れるべからず”という言葉は、今も心に残っているという。

「まだスタートラインに立っているかどうかも分からない状態だった私は、どういう意味なのか分からなくて考え込みました。今は私なりに、自分の原点を忘れないこと、そして常に謙虚であることが大切だという意味だと理解しています。それが音楽への誠実さにつながるのではないかと。堤先生のことは人間的にもとても尊敬しています。そういう人柄であることが、聴衆を惹きつける音楽家でいられる秘訣なのだと思いますね。先生のような素晴らしい音楽家に少しでも近づきたいです」
ホールと楽器が見事に一体化する空間
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今回のリサイタルを開くにあたり、水野さんは「都内で一番好きなホール」だというJTアートホール アフィニスを会場に選んだ。

「私は空気感のある音を目指しています。響きというものが空気を伝わり、人の心にどう届くか。それには、楽器とホールの間にある空気感が重要になります。そしてただきれいに響くだけではなく、音には芯が必要です。これまで何度か演奏して、JTアートホール アフィニスはそれらのバランスがちょうどよいと感じました。ホールと楽器が見事に一体化するのです。今回リサイタルの会場を選ぶにあたって『ここしかない』と思いましたね」

人の心を揺さぶる温かい音、作品にふさわしい音色。注意深く響きに耳を傾け、水野さんはその絶妙なバランスを追求している。
茶道にゴルフ、何よりのリフレッシュは“食べること”
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年中音楽に向き合っているからこそ、チェロから離れたときにはできるだけ音楽のことを考えない。それこそが、気持ちを新鮮に保つ秘訣だという。

「息抜きは愛犬と遊ぶこと。スポーツも好きなので、走ったり、冬になればスキーに行ったり。あとは、いろいろな人と話をすることも刺激になります。演奏とは楽器と作曲家を対話させるようなところもありますから、多くの人と接することで、表現の幅が広がるのではないかと」

水野さんの興味関心はますます広がりを見せる。最近はゴルフや茶道も始めたそうだ。

「演奏家にはゴルフの上手な方が多いですが、脱力が必要なところなどはチェロと同じですね。思ったより難しくて、まだ開拓の余地がありそうです。茶道は、日本人として作法を身に付けておきたいと思ったのと、静寂の中で集中力も鍛えられると勧められたのがきっかけで始めることにしました」

そして何よりのリフレッシュは食べること。

「とにかくお肉が好き。おいしそうなお肉を見つけると買ってきて、家で料理します。疲れていても、お肉をたくさん食べると元気になるんです。お菓子やケーキも作りますよ。いつも食べることばかり考えています(笑)」
輝く個性が人を惹きつける
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絵画も好きで、美術館にも頻繁に足を運ぶ。最近見た中では、フェルメールの「真珠の首飾りの少女」が強く印象に残っているという。

「小さな作品ですが、ツヤ感、輝きが格別で、惹きつけられました。絵も音楽も共通していますね。輝く個性があって、それが人を惹きつける。たくさんの演奏家がいる中で私の演奏を好きでいてくださる方がいるのは、嬉しいことです」

謙虚に音楽に向き合う誠実さ。麗しい容姿からは想像もつかないほどの、強く揺るぎない意志。それがあるからこそ、水野さんの音は凛とした輝きに溢れているのだろう。
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