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Appassionato ─ 響きにこだわり、奏でる音楽家たち

人間味あふれる“語る”響き。古くて新しいフォルテピアノの魅力を伝えたい。──川口成彦さん(フォルテピアノ奏者)

公演概要

ゴヤの生きたスペインより〜川口成彦 フォルテピアノリサイタル〜

公演日 2014年3月30日(日)
プログラム
S.de アルベロ レセルカータ、フーガとソナタ ニ調
A.ソレール ソナタ ト長調「ウズラ」R.12
  ソナタ ト短調 M.88
R.アングレス アリア ニ短調、フゲッタ 変ロ短調
M.B.de ネブラ 「6つのソナタ」Op.1より 第1番 ハ短調、第5番 嬰ヘ短調
F.M.ロペス ファンダンゴ風メヌエットと6つの変奏曲 ト短調
  スペインのファンダンゴによる変奏曲 ニ短調
M.アルベニス ソナタ ニ長調
M.フェレール ソナタ ニ長調
J.C.de アリアーガ 3つの奇想的練習曲
出演 川口成彦(フォルテピアノ)

プロフィール

川口成彦(かわぐち なるひこ)

東京藝術大学音楽学部楽理科および、同大学大学院修士課程古楽科で学ぶ。第2回青少年のためのスペイン音楽ピアノコンクール、ローマ・フォルテピアノ国際コンクール〈M.クレメンティ賞〉に優勝。ピアノやフォルテピアノの独奏のみならず、声楽伴奏をはじめアンサンブルにも意欲的に取り組んでいる。さらにスペイン音楽をこよなく愛し、さまざまな時代の作品を積極的に演奏している。これまでに古楽器を用いてローマ、フィレンツェで演奏会を行い、トリエステのWunderkammer Trieste2013にも出演。ピアノを東誠三、フォルテピアノを小倉貴久子、チェンバロを廣澤麻美の各氏に師事。2014年秋にはJ. L.デュセックの作品をフォルテピアノで録音予定。

敬愛するゴヤに想いを寄せて
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18世紀初頭のイタリアで楽器製作家のクリストフォリが発明して以来、ピアノという楽器は、技術革新とともにその姿を変容させてきた。今日我々が慣れ親しんでいるような、金属フレームを内装した頑丈で大きなピアノの姿が一般的になったのは、20世紀に入ってからのこと。技術革新とともに、ピアノは大ホールにも充分な音量を響かせることのできる楽器へと変貌した。

つまり、モーツァルトやベートーヴェン、ショパンが生きた時代のピアノは、今私たちが認識するピアノとは別の音を持っていたということ。この時代のピアノは「フォルテピアノ」という呼称で区別されている。

そんなフォルテピアノに魅了され、現在、東京藝術大学大学院修士課程古楽器科で学びながらフォルテピアノ奏者として活動する川口成彦さん。今回、「ゴヤの生きたスペインより」と題し、スペインの画家、フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828)が生きた時代の知られざる作品を取り上げる演奏会を行った。

「ゴヤの晩年の絵画『黒い絵』に初めて触れたときの衝撃は、忘れられません。心から尊敬する芸術家です。演奏会では、彼が生きた時代、音楽史のいわゆる古典派からロマン派初期のスペインの作品を取り上げました。ゴヤは晩年聴力を失っていたため、こうした作品の多くを聴くことはなかったかもしれませんが」

当日が偶然ゴヤの誕生日だったこともあり、敬愛するゴヤに想いを寄せながらの演奏となった。
独特の温もり、質感を持つフォルテピアノの音色
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フォルテピアノ製作者の深町研太氏とともに。

この日の演奏会は、川口さんが作品への熱い想いを語るトークをはさみながら進められた。冒頭は、スペインで初めて楽譜に「para piano forte(ピアノのために)」と記した作曲家であるS.de アルベロ(1722〜1756)。使用楽器は、深町研太氏が製作した、イギリスのブロードウッド社製フォルテピアノ(1802年頃製作)のレプリカ。華やかな音がホールいっぱいに弾ける。出版楽譜としてスペインで初めて「para piano forte」と記された作品であるM.B.de ネブラ(1750〜1784)の「6つのソナタ」でも、フォルテピアノの表現力を余すところなく生かし、この楽器で聴くからこその作品の魅力を届けた。

後半に取り上げたのは、F.M.ロペス(1742〜1821)やM.アルベニス(1755〜1831)など。奏者と楽器がともに呼吸するように見えたのは、フォルテピアノの音が持つ独特の温もりゆえのことだろうか。音が躍動する生き物のように表情を変えていった。

アンコールには20世紀の作品から、ロドリーゴ(1901〜1999)の「アランフェス協奏曲」第2楽章のアダージョが披露された。ギターが奏でる哀愁に満ちた有名な旋律をフォルテピアノが再現する。その音色は絶妙にマッチして、フォルテピアノが現代ピアノとは全く異なる質感の音を持つ楽器であることを改めて感じさせられた。
“子音”を聴きとることができる、適切な響きのホール
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フォルテピアノは繊細な表情を持つ楽器だからこそ、音が粒だって聴こえる空間でないと、演奏の魅力は半減してしまう。そんな中、川口さんがJTアートホール アフィニスを会場に選んだのは、「室内楽に向いたホールでもあるから」なのだという。

「フォルテピアノ奏者は、弦楽器奏者と似た感覚で会場を選んでいると思います。フォルテピアノを弾いていると、木の箱に張られた弦を鳴らして響かせているという、“弦楽器”を演奏している実感があります。例えばヴァイオリンは、弓をこすり付ける瞬間のギッという“雑音”も含めて、昔から変わらずその音が愛されている楽器です。一方のピアノは技術革新とともに“雑音”が取り除かれ、現代ピアノの音は、濾過された透明な水のようになりました。時代を遡ったフォルテピアノの音には“雑音”が残っている、いわば川の水のようだと感じます」

 だからこそ、より人間味のある、語るような表現が可能なのだという。

「多くの古楽器奏者は、楽器で“語る”表現にこだわりを持っていると思います。言葉のフレーズが感じられる演奏です。フォルテピアノは現代のピアノよりも言葉の“子音”が表現しやすいように思います」

そのため、ホールには適切な響きが求められる。

「響きすぎると音がヴェールに包まれたようになって、この“子音”が聴こえなくなってしまいます。デリケートな楽器ですから、現代のピアノの演奏に見られるような腕や上半身全体に頼った奏法は好ましくなく、指先のコントロールだけですべてを表現することを目指しています。そのため、指の相当な訓練が必要です。ここまでこだわっているのだから、やはり細かいニュアンスが伝わる音響の中で演奏したいですよね。JTアートホール アフィニスは自分の音もよく聴こえ、演奏しやすかったです」
古典派作品の印象が、フォルテピアノとの出会いで一変!
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川口さんがフォルテピアノに出会ったのは、東京藝術大学楽理科在学中のことだった。もともと現代ピアノを演奏していた彼が、副科としてどの楽器を選ぼうか迷っていたところ、「偶然廊下ですれ違った先輩に、『川口君、楽理科なのにピアノばっかり弾いているんだから、同じ鍵盤楽器のフォルテピアノを選んだら?』と何気なく言われたことがきっかけ」だという。

そうして初めて受けたレッスンで、古典派の作品に対する印象がガラリと変わったのだそうだ。

「それまでは、ロマン派や近現代の作品を弾くことに楽しみを見出していて、正直ハイドンやモーツァルト、ベートーヴェンにはあまり関心がありませんでした。でも、フォルテピアノで弾いてみたらすごく楽しいと感じるようになって。作品にはそれぞれ、合う音というのがあると思うんです。例えば映画でも、『ローマの休日』を3Dで観たところで魅力的とは思えないでしょう。モノクロだからこそ、オードリー・ヘプバーンの表情がより美しく見える。現代ピアノも良いけれど、フォルテピアノで弾くからこそ、その美しさが際立つ作品があるということを知りました」
未知なる音楽を開拓し、後世の人類へつなぐ
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「自分の知らない世界を知るとか、当たり前だと思っていた価値観が覆される経験が好き。自分が知る日常とは大きく異なる文化圏をゆっくり旅することは、いつでも僕の夢です。でも実は、自分にとって未知の人間の営みというものは、東京にもたくさん存在しているんですよね。とにかくいろいろな世界を知りたいです」

そう語る川口さん。実はこの未知との遭遇を求める精神が、現在取り組む18世紀スペイン音楽に向かう動機にもつながっているようだ。

「人間は、どうしても現状を当たり前だと思ってしまうものです。古典派の作曲家というと、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン……つまりドイツ、オーストリア圏の音楽ばかりが取り上げられ、他はほとんど未開拓の状態。それなのに、古典派はそれですべてだと思ってしまうのは、残念なことだと思うのです。スペインというラテン系の国の音楽は、ゲルマン系のものとは性質が異なり、また別のおもしろさにあふれています。ロマン派以降、ナショナリズムが盛んになって多くの国で作曲家が活躍したことはよく知られていますが、古典派の時代にもナショナリズムの動きはありました。僕がスペイン音楽においてこの時代の作品を取り上げることで、同時代の他の地域の音楽を扱う演奏家が増え、古典派の音楽の幅を広げることに貢献したいのです。そして一人の音楽家として、100年後、200年後の人類の文化に何かをつなぐことができれば」

フォルテピアノの演奏はいわゆる“古楽”の分野とされるが、「自分にとっては最先端のこと。現代の我々にとって、逆に真新しすぎる音楽だと感じる」と川口さんは言う。

その、古くて新しいクリエイティブな活動が、私たちに何を見せ、また後世に何を残してゆくのか。今後も注目したい。
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