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Appassionato ─ 響きにこだわり、奏でる音楽家たち

歌の心を実感しているからこそ、聴く人の心に届く──谷 篤さん (バリトン)

公演概要

ひとときの歌16 歌と朗読によるシューベルト 美しき水車屋の娘

公演日 2016年7月31日(日)
プログラム
シューベルト 美しき水車屋の娘
出演 谷 篤(朗読・バリトン) 揚原祥子(ピアノ)

プロフィール

谷 篤(たに あつし)

東京藝術大学大学院修士課程修了。日、仏、独、伊、露、英の古典から現代までの歌曲を広くレパートリーとして活動。バリトンからカウンターテナーの音域を歌う卓越した表現力と演技力は、高い評価を得ている。自身の表現の場「歌の行方・3回」「うみたてたまごうた・11回」「ひとときの歌・15回」開催。14作品委嘱初演、朗読を交えたコンサートを実践。現代音楽のコンサート、新作オペラに多数出演。邦楽器との共演も多い。語り手として、音楽と朗読のための「イノックアーデン」「兵士の物語」翻訳、公演。シューマンのピアノ曲のための詩集「エオリアンハープ」作詩、公演。東京藝術大学音楽学部、日本大学藝術学部映画学科、非常勤講師。

「美しき水車屋の娘」に再び取り組む
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バリトンの谷篤さんによる、歌と朗読による自主公演シリーズ「ひとときの歌」。16回目となる今回の公演で、谷さんは7年前にも取り上げたシューベルトの「美しき水車屋の娘」に再び向き合った。

日本語訳によるミュラーの詩の朗読をはさみながら、水車屋の娘に想いを寄せる粉挽き職人の心情を歌い上げる。朗読を入れるのは、ドイツ語の歌詞が分からない方にも、作品の世界を身近に感じてもらおうという想いからだ。ピアノは幾度も共演を重ねている揚原祥子さん。息の合ったアンサンブルとドラマチックな歌声に、客席はどんどん引き込まれていった。
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さすらいの旅を始めた主人公の意欲みなぎるつややかな歌声が、想いが伝わらぬいらだちに揺れ、やがて恋が実る幸福で華やぐ。かと思えば一転、ライバルの登場により心が波立つさま、娘の心変わりによりどん底へ突き落されるさまが、胸の内を吐露するように、切々と表現された。
自主公演は、感性と技術を磨く最高の方法
谷さんはこれまで、自主公演ではそのときに“歌いたい”作品を取り上げてきたが、今回は、自身の56歳という年齢やキャリアを考え、今“歌うべき”作品を選んだという。

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「『美しき水車屋の娘』は、シューベルトが26歳のときに書いた作品です。作曲家として円熟を迎えたころの曲で、古典的様式とロマン的叙情性が見事なバランスで共存しています。歌うには様式に見合う声の技術と表現力が求められ、また主人公の若々しさも表現できなければなりません。そう考えると、今がこれを歌う旬であり、同時にふさわしい表現ができる最後のチャンスだと思ったのです」
7年前の自身の演奏は、いろいろな意味で「まだ若かった」と振り返る。
「40代後半から体力の低下を感じ始めました。それをカバーするのが技術です。声をコントロールする技術の精度を高める努力をし、この数年、それが実を結んできました」

現在、東京藝術大学ではピアノ科の学生を対象に歌曲伴奏法を、また日本大学藝術学部では映画学科の俳優を目指す学生に歌を指導している谷さん。

「若い人を教えるにあたっては、自分が表現者として活性化していることが大切です。3年前と今で、学生に対してより的確で上質なアドバイスができる自分でありたい。一から作り上げていく自主公演は、自分が試される場。自らの感性と技術を磨く、最高の方法です」
会場を選ぶ際に大切にしていることは、「アクセス、ホールの質、コスト」だという。
「良いホールとは、適度な響きがあることに加え、“伝わっていることがよく感じられるホール”だと思います。舞台に立ったとき、快い開放感を覚えると同時に、客席全体を把握できるのが理想。JTアートホールアフィニスは、その意味で本当に素晴らしいホールです」
シューベルトの作品、林光氏との出会いがもたらした転機
学生時代、歌の道に迷いを感じていた谷さんを救ってくれたのは、シューベルトだったという。以来、シューベルトは特別な存在となった。

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「私は昔から歌が大好きで、歌いながら走り回っている子どもでした。音楽的な家庭環境になかったこともあり、専門的に歌の勉強を始めたのは16歳のころ。幸い東京藝術大学に入学できましたが、そこには才能豊かな学生がたくさんいました。そんな中で自分の歌は……と悩むようになり、大学2年の夏前には、悶々として学校に行けなくなってしまったのです。他に表現の可能性があるのではないかと、前衛舞踏の劇場に通い詰めた時期もあります。かといって歌を辞めることもできず、今思えば逃げていただけなんですよね。

ですがあるとき、ふとシューベルトの楽譜を開き、ピアノパートを弾きながらメロディーを追ってみると、その美しさに感動してしまった。その瞬間、自分が余計なものに気をとられ過ぎて、音楽に感動する喜びすら忘れていたことに気が付いたのです。シューベルトの作品を通してドイツリートの魅力を再認識したことで、自分にできることを一つずつやっていこうと思えるようになりました」

谷さんにとって、もうひとり大切な作曲家がいる。2012年に他界した、林光さんだ。
「自分なりに勉強を続けていた20代初め、ある演奏会で林光先生の歌曲を聴き、心から歌いたいと強い憧れを抱きました。楽譜が出版されていなかったので、別の機会に林先生をお見掛けした際、面識もないのに、『楽譜はどうしたら手に入るのでしょうか』と声を掛けたのです。すると笑いながら『送ってあげる』とおっしゃって、後日自筆譜のコピーを送って下さいました。
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しかし歌ってみると、すごく気持ちが悪いんです。日本語を歌っているのに、日本語に感じられない。子供のころはあんなに気ままに歌っていたのに、歌を勉強して何と不自由になってしまったのだろう。なぜだろうと考えたとき、自分が西洋音楽の様式美にかなう声の技術にとらわれ過ぎていることに気が付きました。言葉の実感から歌うということを忘れてしまっていたのです。

そこから、それまで身に着けてきたことを振り払う試行錯誤が始まりました。歌は人の気持ちが特別に高まったときに響き出すのだという原点を、もう一度見つめ直しました。声の技術は必要ですが、それはあくまでも表現手段です。そのことを忘れて、声を響かせること自体が目的になってしまっていたのです。
その意味で、声の技術にとらわれることなく、本当に自由に歌えるようになれたのはこの10年くらい。今ようやく胸をはって、人に伝わる歌が歌えるといえるようになりました」
音楽は人に、慰めと安らぎ、生きる力を与えてくれる
こうした林光氏との縁もあって、日本の歌曲にも力を入れている谷さん。
「例えば山田耕筰は、ドイツロマン派の音楽語法を自分のものにし、ヨーロッパにはない美的感覚が生かされた日本歌曲の名作を残しています。それを本当に心に響く日本語で歌える声楽家は、ごく少数でしょう。西洋的美意識に基づく声の技術で歌うだけでは伝わりません。歌の心を実感し、それが高まって響き出すからこそ、聴く人の心に届くのです。でも今の日本の声楽界や教育現場にこうした考えが浸透するには、まだまだ多くの時間と気付きが必要なのだと思います」
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“なぜ人は歌うのか”という問い掛けとともに、音楽を深めていった谷さん。50代半ばを迎えて見出したいくつかの答えを、若い声楽家にも伝えたいという。
「音楽は深い精神的共感を求める、人間の根源的欲求の表れであると思います。ドイツ古典派以降、歌曲は愛と死を主なテーマに、人間の感情を表現してきました。愛は人間の根源的感情であり、生の証です。歌曲は愛(生)と死を通して人間を深く見つめ、それを美に昇華し、私たちに深い慰めと安らぎ、生きる力を与えてくれます。人類にとって近代ヨーロッパに創造された芸術音楽はいかなる意味があるのかを考え、演奏を通じてその価値を多くの人に伝えられたらと思います。またたくさんの人がその価値を共有し、若い音楽家たちが自らの感性を自由に存分に表現できる社会であることを願っています」
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