『人と物語の交わる時』

あさの あつこさん

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本との出合いが自分の世界を広げた

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── あさのさんはどのような幼少期を過ごされたのですか。
「岡山県北東部にある美作市が私のふるさとで、今も住み続けています。道後温泉ほどの知名度はありませんが、湯郷温泉がある温泉町です。山あり、川あり、田んぼありという静かな山間地です。両親が共働きだったので、いつも友達と自然の中で遊んでいました。小学校時代はほとんど本は読みませんでしたね。ただ、その時の経験がいま役立っています。モノを書く上で大切なものは、執着心や運などもありますが、一番は五感だと思います。自分が何を見て、触れて、におって、感じたかが大切。例えば『きょうは暑い一日だった』を表現するとき、『肌を刺すような暑さ』なのか『むせ返る熱気』なのか、自分にとってどんな暑さだったのかを文章にしていきます。その点で、秋と春の風の違い、雨上がりの地面の薫りなど幼少期に自然の中で実際に感じたことが生きています」

── 読書との出合いは。
「中学に入って海外ミステリーにはまりました。初めてシャーロック・ホームズシリーズの『バスカヴィル家の犬』を文庫で読んだのがきっかけでした。中学時代、ものすごい閉塞(へいそく)感を感じていました。『こんな田舎に住み、勉強もできず、かわいくもなく、きっとこのまま川に流されて死んでいくんだ』と、自分を卑下してばかり。そんな時にホームズを読み、頭の中に馬車のわだちや山高帽の男らが突然現れ、見たことのないイギリスの風景が自然に入ってきました。『自分の周りは壁に囲まれている』と感じていたものが、実は壁ではなくドアだと気付き、開けば違う世界が広がっているんだと気付かせてくれました。それから中学高校時代は一生で一番本を読んだと思います」

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── 書く側になったきっかけは。
「本を読み続けるうち自分でも書きたいと思いました。当時、漫画にもはまっていたので友人と一緒に漫画を描きました。でも周囲に自分より絵がうまい人がいて『とてもかなわない』とすぐに見切りました。漫画を描くのが楽しいのではなく、ストーリーを考えるのが好きだと気付き、高校2年の夏休みの宿題で原稿用紙30枚の短編を書きました。現代国語の先生から作品に対する感想を書いていただき、それがうれしくて『私は作家になっていいんだ』との思い違いで作家を目指しました」

── 作家デビューは37歳と遅かった。
「作家を目指して東京の大学へ進学しましたが、すぐにプロになれるほど甘い世界ではありませんでした。就職氷河期といわれた時代で、卒業後は地元に帰って小学校の臨時教諭になりました。歯科医の夫と出会い、2男1女の母となった時も『私はいつでも書けるけど、今は忙しいから』『そこそこ幸せだし、別に書かなくてもいいか』などと自分に言い訳ばかりしていました。そんな時に一冊の文庫本を読み、また物書きへの思いがわき起こりました。故藤沢周平先生の『橋ものがたり』という時代小説で、さまざま人が行き交う江戸の橋を舞台に、市井の名もない人を題材にした小説です。それが32歳ごろで、児童文学の同人誌に書き始めました。条件がそろわないと書けない人は結局書けない人間。どんな厳しい状況でも書ける人、諦めず書き続けられる人がプロだと思います」

── モノを書くとは。
「17歳の時の短編作品は、いまも残っています。いま読み返すとハイネの詩を引用した気取った文章で、とても未熟さを感じます。しかし、その時感じた自分の言葉がそのまま残されています。10代には10代の、70代には70代にならないと書けないものがあります。楽しさ、痛み、つらさなど自分が感じたことを文章に書くことで、自分を外から見ることができます。俳句でも詩でも日記でもいいですから、みなさんも『今の自分を残す』ことに挑戦してみてください」

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