講演レビュー

01.25(THU)那覇

清水 崇さん

楽しんで、近づく

ホラー映画を軸に多方面に挑戦

沖縄は初めてですか。

「何度か訪れ、約10年前のハネムーン以来です。初めて家族で来たときに見たマンタに一目惚れし、来るたびにマンタグッズを集め、会社のロゴにもマンタを使っています。いつかこの地で映画を撮ってみたいです」

映画監督を目指したきっかけは。

「幼少期はオバケや幽霊の本を読むと夜眠れなくなるような子どもでした。10歳のときに『E.T.』を見て初めて映画で大きな感動を得ました。買ってもらったパンフレットを隅から隅まで読んで、その中で映画監督という立場の人がいることを知りました。監督デビューのきっかけは助監督時代に作った3分間の映像がたまたまホラーで、以来20年ホラーが得意な映画監督のイメージが定着しています」

いたずら心忘れずに

ホラー作品以外も精力的に作られています。

「僕の中で笑いとホラーは表裏一体だと思っています。『呪怨』で女幽霊が不気味な声を出すのですが、実はその声は僕が当てているし、子どもの頃からのいたずら心というか。幽霊の白塗りもツッコミどころ一つで笑いに転じる。なのでどの作品もいたずら心から作っています。実写版『魔女の宅急便』のときに一番怖かったのは有名なジブリのアニメでした。最初にプロデューサーからお話があったとき、何故自分なのか?と思いました。原作は児童文学ですが、あまりに有名なアニメ映画が存在し、しかもホラーを得意とする監督に依頼する無謀さ。そのギャップが素敵だし、やりがいがあると思いました」

新たな手法への挑戦も続けています。

「ホラー映画はとにかく怖ければいい、低予算でいいと思われていて、3Dや4DXなど新しい技術が出たときに「試しにホラーで」と言われがちなんですよ。僕自身アナログ人間ですが、何事も挑戦と思って3Dのホラー映画を2作ほど作った後、国立日本科学未来館のプラネタリウムを使って上映する4DX映画の制作に挑戦させていただける機会を得ました」

辛さの中からも楽しさを見出す

清水さんの信念は。

「とにかく自分の理想に近づくには、自分が感じたことをどう実際に行動に移すかが大切だと思います。「好きな仕事でいいね」とか「夢を追いかけていいね」と言われますが、好きなことを仕事にした辛さもある。義務になると誰でも楽しいだけじゃ済まなくなる。でも好きで始めたのだから愚痴は言えない。何でもどうしたら楽しんでできるか、それを常に考えるようにしています」

清水さんにとって「ひとのときを、想う。」時間は。

「40歳を過ぎ、ふと子どものときのあいつのあの言葉、親がかけてくれた言葉を思い出す瞬間があるんですね。それを本人に聞いても覚えてなかったりする。同じ時、同じ場所で過ごしても、同じ家族でも覚えていることは全く違っていたりする。映画もテレビで見たのか、DVDで見たのか、好きな人と映画館で見たのかで印象が大きく変わってきます。そのときそのときを大切にしたいと思いますし、人と共有できる瞬間を誰にでも見せられる形で残せる仕事をしていることは誇りに思います」