JTマーヴェラス

柴田真果選手のインタビュー

JTマーヴェラスのセッター、柴田真果選手のインタビューです。

みんなを生かす仕事をしたい。

やってみたら楽しかった

もともとバレーボールは母と姉がやっていたんです。それで私も、小学2年生から始めました。人からはよく「弟か妹がいそうだね」って言われるんですけど、3人姉妹の末っ子です。入ったバレーボールクラブは室町という京都のチーム。美沙(山本美沙選手)も同じチーム出身なんですよ。室町は厳しいところだったので、最初、本当はやりたくないって言ってたんです。でも姉の練習についていったら「ハンバーガーをあげるから入りなさい」って言われて、食べ物に釣られてしまいました(笑)。当時は背が高かったから誘われたんでしょうね。

で、実際にやってみたら楽しかったです。低学年はボールに慣れるため、ドッジボールとかそういうボール遊びが中心でしたし。全国大会に出場するようなチームなので高学年になってからは大変でしたけれど、練習は2時間くらいの短期集中型。だからバレーボールを嫌いになることもありませんでした。当時はまだセッターではなくエースアタッカーでした。ボールコントロールとか、ただ打つだけではダメっていうこととか、いろいろなことを教えてもらいましたね。結局、夏の全国大会で準優勝、最後の3月の大会では優勝することができました。

「バレーボールは中学校で終わりかな」と思っていました

中学校はバレーボールの環境を変えたくなくて、地元の学校ではなく室町の近くの京都市立烏丸中学校(京都府京都市)に進みました。そこでも美沙と一緒でした。美沙とは保育園のときからずっと一緒です(笑)。

烏丸中学校は自分が入る何年か前から強くなってきた学校で、当時の実力は近畿地方でベスト4に入るくらい。練習は厳しかったです。朝練では毎日サーブ練習をしていたんですが、その経験は今の自分にも生きていますね。コースを狙って何本も打つ練習で、たとえ眠くてもしんどくても集中してやらないといけませんでしたから。今でもサーブは得意です。力任せではなく、安定してコースを狙って打てるのは自分の特長だと思っています。小学生まではガラスのハートで、緊張したら絶対にサーブが入らなかったのに、中学校のその特訓で鍛えられましたね。

そのころは「バレーボールは中学校で終わりかな」と思っていました。普通の、楽しい高校生活を送るのもアリかな、と。でも結局、辞めるという決断には至らなかったですね。バレーボールを辞めたら自分の取り柄がなくなってしまうと思っていましたから。

すべての行動をバレーボールにつなげて考えていました

高校進学の際はいろいろなところから声をかけていただいたんですが、京都橘高校(京都府京都市)の監督がスカウトに来られたとき、「高校を卒業するまでにはセッターとして送り出したい」と言ってくださったんです。私自身、スパイカーとしては身長も伸びていなかったしパワーもある方じゃないので、大学までは通用しないだろうと思っていました。この先もずっとバレーボールを続けていくならどこかで転向が必要だと感じていたので、監督の言葉は自分の方向性に合っていると思い、進学を決めました。それに京都を離れたくなかったですし、 “サーカスバレー”といわれる橘のバレーボールにも興味がありましたしね。

実際に入ってみたら中学校とは全然違いました。何しろバレーボールだけに集中できる環境ではなかったです(笑)。でも、人間として成長させてもらったのも高校のときです。ゴミは拾う、信号は守るといったあらゆる生活の態度から、字はきれいに書くといったことまで大切なことを教わりました。バレーボールが好きな気持ちに変わりはなかったので、すべての行動をバレーボールにつなげて考えていましたね。

当時は毎日5時起きで始発電車に乗って学校に行き、朝練をやってから授業を受けて、夕方4時から7時の下校時間まで練習するという生活でした。“文武両道”をモットーにしている学校だったので毎日朝にテストがあって、落ちたら放課後に再試験がある。再試験になると練習に間に合わなくなるから絶対に落とせない。だからずっと電車の中などで勉強していました。もともと妥協したくない性格なんです。真面目すぎて、先生にもよく「頭が固すぎる。もっと柔軟になれ」と言われていました。

「なんで勝てなかったんだろう」と今も思うことがあります

高校1年生の春高予選まではライトポジションだったのですが、本戦前にセッターの先輩がケガをしてしまったため、直前合宿から本格的にセッターとしての練習が始まりました。もともとセッターに転向したいという気持ちはあったのでスパイカーに未練は感じませんでした。――たまに打ちたくなることはありましたけどね(笑)。

それまでもかじる程度にはトス練習をしていたんですが、その直前合宿のときは本当に苦しかったです。全部が大変で、常に目が回っているような状態でトスを上げていました。試合の組み立ても考えられないし、いっぱいいっぱいでした。本戦には出場して勝てたんですが、何も覚えていないくらい。それがセッターとしてのデビュー戦になりました。

当時はまだ、考えるというよりも感覚でセッターをやっていました。京都橘は“サーカスバレー”というだけあってスピードもテンポも速いバレーボールを展開していて、セッターにも速いトスが求められていました。先生に言われたのか自分でそう解釈したのかは覚えていませんが、「セッターは自分が死んでもスパイカーを生かす」というのは教えてもらいましたね。

高校時代で思い出に残っているのは最後の春高バレー。東龍(東九州龍谷高校/大分県中津市)に勝ってベスト8になって、ベスト4をかけて誠英(誠英高校/山口県防府市)と戦いました。マッチポイントを取ったんですけど、最後の1点が取り切れなくて負けました。悔しい思い出です。「なんで勝てなかったんだろう」と今も思うことがあります。でも、負けたけれど一体になって戦えた感覚は残っています。

新しいセッター人生が始まりました

大学は日本体育大学(東京都世田谷区)へ。入学してみたら、周りは高校までに対戦したことがある選手ばかりでした。いろいろな部活の選手たちが集まる女子寮に入ったのですが、真子さん(小幡真子選手)と同じ部屋でとても楽しかったです。真子さんはオンとオフの切り替えがしっかりしていましたし、とても優しくて、毎日ずっと笑いっぱなしでした。

練習はやっぱり厳しくて、最初は理不尽だと思うこともありました。でも一番厳しかったころからは少しずつ部内の雰囲気も変わっていたし、自分自身でもこの厳しさが社会に出てから必要なのだと気づかされることもありました。

印象に残っているのは大学2年生のころ。全日本インカレで優勝したときです。いつもバレーボールのことを考えているような一年で、真子さんに怒られながら引っ張ってもらっていました。本当に、真子さんのおかげで新しいセッター人生が始まりましたね。それまでは飛んできたボールをポイッと上げるような感じでやっていたのが、「こっちこっち!」と自分から呼ぶようになった感じ。冷静さは必要だけど感情を出すというか、感情でトスを上げる。気持ちが入ったプレーが多くなったと思います。内に秘めていたものを外に出す作業を、真子さんにやってもらいました。以前は決まってもすましているというか、あまり話したりしなかったんですけど、よく話すようになりました。毎日練習に行くのも嫌だったけど、そういう人に出会えてよかったと思います。小幡効果、すごいです(笑)。

JTマーヴェラスは自分が人間的に成長できるチーム

大学卒業後は警察官になろうと思っていました。昔から真面目だったので周りから「向いている」と言われていたし、自分もそのつもりでした。最近は徐々に、いい意味で真面目じゃなくなってきたんですけど(笑)。でも、大学3年生のときにU-23に選んでいただき、「上を目指してもいいのかな」と思うようになりました。もう少しバレーボールを続けてみたいな、と。

JTマーヴェラスは自分が人間的に成長できるチームだと思って入部を決めました。吉原監督(吉原知子監督)だったことが、私の中で一番大きいです。戦う姿勢を学べるし、自分にプラスになると思いました。技術だけではなく、チームの一体感があったことも理由の一つです。体験で練習に参加させてもらったときに「ありのままを見せるから」と言われたんですが、その練習がすごくキツくて(笑)。息もできないし一瞬も気を緩められない空間で、いい緊張感の中で練習しているのだと感じました。常にピーンと張っている感じなんですが、その中でもみんなの頑張ろうとする姿勢が伝わってきました。

今は入部して半年くらい経ちますが、やっぱりJTマーヴェラスのみんなは一生懸命で、壁にぶつかっても逃げないで立ち向かっていく。こうやって強くなっていくんだなと思っています。

どんな立場でも役割を全うするという気持ちを持って

今シーズンのチームの目標はリーグ優勝です。チームにセッターは3人います。もちろん試合には出たいけれど、出場に向けて頑張った結果、サブメンバーに回ったりユニフォームを着られないときもあるかもしれません。たとえそうなったとしても、どんな立場でも役割を全うするという気持ちを持ってきちんと受け止めて、できることをしっかりとやっていきたいです。もし、出場機会があれば堂々とプレーします。1年目だからといって遠慮はしません。

セッターは、スパイカーのいいところをどうやって引き出すのか考えなくてはいけません。スパイカーにいい思いをさせられるかどうかというところでセッターの力量が問われるんです。私の調子が悪かったらスパイカーもダメになるし、まず自分が波のない選手にならないといけないですよね。トスの精度や安定感を磨いて、勇気をもってミドルやバックアタックを使っていきたいです。それで相手をノーブロックにしたり、相手のブロッカーを遊ばせたりしたときは快感ですね。

やっぱりセッターとしては、スパイカーやみんなを生かす仕事をしたい。コートに入っているときもそうですし、入っていなくても、入っている人が活躍できるように。今シーズンはみんなパワーとスピードがついてきたのでそれを試合で発揮できるように、持っている力を最大限に出せるようにトスや声かけをしていきたいです。

緊張はめっちゃしますけど、コートに入ったら吹っ切れます

落ち着いてプレーできるのが私の強みだと思います。動揺することが少ないし、もし動揺したとしてもそれを表には出さないです。緊張はめっちゃしますけど、コートに入ったら吹っ切れます。今はまだ入部1年目だけど、年齢的にはちょうど真ん中くらいの位置にいるし、引っ張ってもらうだけじゃなくリードしながら、自分も成長しないといけない立場だと思います。

バレーボールは自分にとってなくてはならない存在。今までバレーボール中心だったので、「これがなくなったら私はどうなっちゃうんだろう?」という感じです。やれるうちは、できるところまでしっかりやっていきたいですね。

※本記事は2017年9月時点のインタビューに基づいたものです。

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