八子大輔選手のインタビュー

JTサンダーズのウイングスパイカー、八子大輔選手のインタビューです。

「極めた」と思える瞬間なんて、そうそうないんじゃないかな。

最初は嫌だったんです、合宿に行くの。「どうせ自分が一番下手くそなのに」って

バレーボールを始めたのは、中学1年生。13歳のときです。小学校ではサッカーをやってたんですが、中学校では新しいスポーツをやりたいと思って。そんなときに家族からの勧めもあって、バレーボールを始めました。最初はやっぱり、難しかったです。オーバーパスはそうでもなかったんですが、アンダーパスは苦手でしたね。それに、スパイクを打てるようになるまでにも時間がかかりました。

中学校に入学して最初の身体測定では、確か身長が183cmだったかな。それで、中学1年生の2月に、関東ブロックの選抜強化合宿に呼ばれたんです。それは地域で背の高い生徒を集めて行う合宿なんですけど、実際、参加者にはすごい選手がたくさんいて……。だから最初は嫌だったんです、合宿に行くの。自分に実力がないことも分かっていたし、「どうせ自分が一番下手くそなのに」って思っていたから。

でも、3月にも、今度は全国の選抜合宿に呼んでもらって。それも本当は嫌だったんですけど(笑)、でも思えばこのころから少しずついい経験もできて、バレーボールが楽しくなってきたんだと思います。合宿に行って、スパイクも打てるようになったし(笑)。なんていうんですかね――、「トップレベルの選手たちと同じ場に、自分もいるんだ」と実感したというか。始めたばかりのころは、自分がこの先バレーボールで生きていくなんてもちろん考えていなかったし、わりと軽い気持ちでやっていた部分もあったんです。でも、全国のトップで活躍する選手たちを目の当たりにしたことで、その気持ちが「自分も行けるところまで行きたい」というものに変わりました。

どこかに甘い気持ちがあって、でもやっぱり負けて

中学時代で一番印象に残っているのは、転校したこと。当時深谷高校(埼玉県深谷市)の監督だった茂木進一先生に「強い中学校に転校して、そこで練習して、うちの高校に来てくれ」と言われたんです。それで、中学2年生の2学期から岡部中学校(埼玉県深谷市)に転校しました。同じ埼玉県内ではあったけど、通える距離ではなかったので、寮に入って。実家を出ることになりましたが、両親も「やりたいようにやりなさい」と言ってくれたので、じゃあやっちゃおうかな、って。

当時は本当にバレーボールばかりしていました。寮生活だったし、中学校の練習も厳しかったし。大変だったけど、レベルが高かったから楽しかったです。特に覚えているのは、中学3年生のときの全国大会。一度対戦して勝ったことのある東京の中学校に、トーナメントの2回戦で負けました。そのときは多分、どこかに「いけるだろう」という甘い気持ちがあって、でもやっぱり負けて。そういう気持ちを持ってはいけないんだ、と実感した最初の試合でしたね。結局僕らはベスト16。それが、中学生活最後の試合になりました。

『練習は厳しく、試合は楽しく』

そして深谷高校へ。普段はもう、ひたすら練習。少人数の部だったので、たとえば実戦練習でコートに入ると代わりがいない。休憩できないし、きつかったですね。でも、試合では思い切りやっていました。深谷高校のモットーは『練習は厳しく、試合は楽しく』なんです。監督も試合になると、自由にやらせてくれて……。同級生に東レアローズの渡辺(渡辺俊介選手)がいるんですが、試合中は彼が“コートの中の監督”といった感じ。彼はすごくバレーボールを知っている選手だし、考え方もしっかりしている。僕の場合、それまではひたすら「がむしゃらにやればいいや」と思っていたので、あいつを見て学ぶところは多かったですね。ちゃんと考えてプレーできるようになったのは、このころからだと思います。

思い出の試合もいっぱいあります。春高バレーで勝ったときはもちろんうれしかったですし。でもやっぱり僕は、負けた試合の方が印象に残っているかもしれない。高校2年生のときは春高バレーとインターハイで優勝して、国体も勝てば3冠というところで、決勝で負けて。あとは3年生の時のインターハイ。これも決勝で負けました(笑)。相手は岡谷工業高校(長野県岡谷市)。別にこちらが受身に回ったわけではないけれど、相手はそれ以上に強かった。僕自身もすごく調子はよかったんですが、結局ストレートで敗退。本当に強かったです。

でも、最後の国体では勝って終わったんですよ。5位決定戦だったので順位は低いんですけど、とにかく高校最後の試合は勝ったんです(笑)。今思えば僕らの高校は、部員こそ少なかったけれど、途中であきらめるような選手はいませんでした。それに、上の先輩は春高バレーに出場できなかったりといった悔しい思いを経験していて。その思いがあったからこそ、翌年、僕が高校1年生のときの国体でも優勝できたし、後に続く春高バレー、インターハイでも優勝できたんだと思います。

高校と大学ではこんなにも違うのか、と

高校のときは楽しかったな。だって、打てばそれなりに決まってましたから。でも、大学(東海大学)に入ったらそうはいかなかったですね。入部当初は本当にスランプというか――、今までは決まっていたスパイクが、大学ではブロックも飛んでくるしレシーブもされるしで、全然決めさせてもらえなくなった。今思えば、当時は実力がそこまでだったということなんでしょうが、「高校と大学ではこんなにも違うのか」と。バレーボールのやり方を変えなくてはいけないのだと、身をもって痛感しました。

東海大学の練習は厳しかったです。高校までとは違って、普段の練習からすごく自主性を求められるんですね。だからただプレーするだけではなく、自然といろいろ考えるようになる。それは練習だけではなく、日常生活でも同じで、常にバレーボールのことを第一に意識するような環境があったんです。大学時代を通して、またさらにバレーボールに対する考え方が変わったように思いますね。選手としての自覚とか、“日本を引っ張る選手にならなくては”という気持ちとか――。プレー面ももちろんですが、それ以上に精神的な面で成長させてもらえたのが大きかったです。

自分を成長させてくれるところに行きたい

JTサンダーズへの入部を決めたのは、前からいいチームだと思っていたから。それに環境もいいと思いました。体育館は寮のすぐ隣だし、お風呂もいいし、サウナがついてるし。これまでずっと関東にいたけれど、場所へのこだわりは特になかったですね。どこであれ、自分を成長させてくれるところに行きたいと思って。だから、JTサンダーズを選びました。

Vリーガーはお給料をもらってバレーボールができて、ファンの方もたくさんいる。そういう環境の中でバレーボールができるのは、自分にとってすごくプラスだと思っています。もちろんその分、「勝たなくちゃいけない」という責任もありますから、そりゃあプレッシャーはありますよ。未だにスランプだってしょっちゅうです。でも、一度自分の中で気持ちをリセットさせると、自然に「早く試合がしたい」という気持ちになるんです。僕はまだ1年目。早くチームの中心になりたいという気持ちもあるけれど、まずは当たって砕けて。思い切ってはつらつとプレーしないと、僕のいいところがなくなっちゃう。だからもし、試合中にはつらつとしてなかったら、そのときは言ってくださいね(笑)。

通用した部分もあったし、課題も見えた。その全部が僕にとっては大きな収穫

2011年、日本代表として『FIVBワールドカップ2011』に出場しました。あのときは、普段とはまた違うプレッシャーがありましたね。あれだけたくさんの応援をいただいていた中で、日本代表チームはなかなか勝つことができなかった。「申し訳ない」という気持ちと「これ以上負けられない」という気持ちが、自分にとってもチームにとっても焦りになってしまったように思います。応援してくださる方の期待に、勝って応えたかったというか……。僕自身、もう少し思い切りぶつかっていけたらという悔いも残っています。

でも今は、あの経験を否定的にはとらえていないんです。試合に出るまでは自分のプレーがどこまで通用するかまったく見当もつかなかったし、「オリンピックに出場する」って目標だけは掲げていたけど、実際にどこまでできるのかという不安もあって。でも、出場してみたら、ちゃんと通用した部分もあったし、逆に課題も見えた。その全部が僕にとっては大きな収穫だと思うんです。だから今は、あれだけ悔しい思いをしたこともプラスに考えるようになりました。最初にどん底を経験した分、これから這い上がっていくしかないわけですし。

今回は日本代表チームの中で僕が最年少だったけれど、海外では僕より若くても活躍している選手はたくさんいるし、日本もいずれはそうならなくちゃいけないと思う。だから今はもっと練習して技術と経験を積んで、自分に自信をつけたいですね。一応僕、バレーボールに対しては常に謙虚な気持ちを持ってやろうと思っていて。でもそれが過ぎると却って自信につながらなかったり、不安に変わったり……。自分でいうのもなんだけど、多分、意外とまじめな性格なんじゃないかな? たまーに調子に乗って怒られちゃいますけど(笑)。それに、できればいつも相手の気持ちを考えて行動したいというか――、要はみんなと仲良くしたいんです、僕(笑)。それに優柔不断な面もあるから、頼れる相棒がいると楽なんですけど、でも「自分を変えなきゃ」とは思っていて。まだまだ甘ったれだけど、誰かを引っ張っていける存在になれるよう、だんだんと大人になっていきたいです。

オリンピックで金メダルを獲れたらもう、そのときは調子に乗りますよ(笑)

バレーボールって、難しくて奥が深い。チームスポーツはいろいろあるけれど、ここまでチーム全員の気持ちが大きく試合を動かすスポーツってほかにないと思うんです。決して自分一人ではできないし、誰かが少しでも違う方を向いてしまったらとたんにバラバラになってしまう。だから本当に難しいけれど、その分やりがいがありますね。自分の中で「極めた」と思える瞬間なんて、そうそうないんじゃないかな。もしもそう思えるとしたら? うーん……オリンピックに出て金メダルを獲ったときかな!? そうなったら僕もう、そのときは調子に乗りますよ(笑)。でも多分それくらいはやらないと、きっと納得できないと思います。

※本記事は2011年12月時点のインタビューに基づいたものです。

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