医薬総合研究所長インタビュー

INTERVIEW 医薬総合研究所・大川滋紀所長に訊く JT医薬事業の「第二章」が始まった。オリジナル新薬の継続的な創出へ挑む。一刻も早く新薬を患者様に届けるために。

まず初めに、JTの医薬事業が目指しているものをお聞かせください。

 JTの医薬事業は1987年にスタートし、1993年に医薬総合研究所が開所したことで、世界を相手に創薬に取り組む体制が築かれました。開所から約20年、紆余曲折はあったものの、研究者のレベルやモチベーションは確実に向上し、創薬のプロフェッショナル集団へと進化しています。私達医薬総合研究所が目指しているのは明確です。それは、未だ有効な治療法のない疾患に対して、医療ニーズに応える、クォリティの高い新薬を生み出すことです。すなわち、独創的かつ画期的な新薬である“First in class”の創出こそが、私達の目指しているものです。
 近年、医薬品を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。その一つが、差別化されていない医薬品に対する厳しい視線です。例えば、今までは既存薬に対してある程度の優位性を持つ二番手、三番手も認められてきましたが、それが真に有用かどうかが評価の対象になっています。この傾向は欧米のマーケットで顕著であり、製造承認を取得しても保険償還されるとは限りません。例えば英国では、国立医療技術評価機構(NICE)が費用対効果を厳密に精査し、保険償還対象の医薬品の推奨、非推奨を決めています。つまり明確に差別化された高い有用性を持つ医薬品でなければ、保険償還の対象とならないのです。このように保険償還や承認基準のハードルは高くなりつつあり、製薬会社にとっては新薬創出が一段と厳しくなってきています。しかし、新薬に求められている高い基準は真に患者様のニーズを満たすための正しい方向と言えます。私達は、差別化された“First in class”の創薬に特化し、患者様のニーズに応えていきたいと考えています。

2012年、JT初のオリジナル新薬が上市されました。それに続く新薬はどのような状況でしょうか。

私達は、国際的に通用する画期的なオリジナル新薬を目標に掲げて研究に取り組んできました。そして、2012年、JTとして初めてとなるオリジナル新薬スタリビルドの製造承認を米国で取得したのです。この主成分であるエルビテグラビルはHIVの増殖に関わるインテグラーゼを阻害する抗HIV薬。極めて活性が高く毒性が少ない化合物で、開発をスタートしたのは2000年。スタリビルドは「1日1回の服用」を継続すれば、エイズの発症を食い止めることが可能です。米国に続き国内でも2013年3月に承認され、現在、「スタリビルド配合錠」として販売されています。このオリジナル新薬の上市で、JTの医薬事業は新たな歴史の一ページを拓きました。これに続いて、皮膚がんの一種であるメラノーマ(悪性黒色腫瘍)治療薬である「メキニスト」も、世界初のMEK阻害薬として2013年5月に米国FDAの製造承認を取得しました。これら2剤は、私達が目指していた“First in class”の薬剤であり、「スタリビルド」はブロックバスターの一つに数えられるほどに、高い評価を獲得しています。更に、2015年11月に「スタリビルド」の後継品「ゲンボイヤ」が米国・欧州で承認されました。
 これらに続く、R&Dパイプラインも充実しつつあり、「重点研究開発領域」として掲げている「ウイルス」「糖・脂質」「免疫・炎症」の3分野で、着実な成果が生まれています。「ウイルス」分野で、私達が次に目指すのはHIV感染症の完全治癒。また、B型慢性肝炎の完治を目指した治療薬にも取り組んでいます。「糖・脂質」分野では、インスリン分泌を促進する「JTT-851」、糖のエネルギー代謝を改善する「JTT-251」などユニークなメカニズムを持つ化合物が糖尿病治療薬として臨床試験段階にあります。「免疫・炎症」分野でもITKという酵素を阻害して過剰な免疫反応を抑制する「JTE-051」やTh17細胞の活性化に関与するRORγを阻害する「JTE-451」などの“First in class”の化合物が臨床試験に入っています。
 私達は、通常これら化合物が臨床試験フェーズⅡaにおいてPOC(Proof Of Concept=有効性の実証)を確保できた段階で海外導出し、パートナーとともに開発を進めるビジネスモデルをとっています。我々JT側が最適なパートナーを選択できる優位性を保持しながらグローバル展開できることを目指しています。穿った言い方をすれば、「世界はJTのブランチ」という意識です。また創薬研究においては、新薬創出の機会を最大化すべく海外のバイオベンチャーやアカデミアと共同し最先端の知見を取り込んでいく姿勢で臨んでいます。

創薬研究を一層前進させるために、どのような取り組みを進めているのでしょうか。

 念願のオリジナル新薬を上市したことは、見方を変えれば他社と伍して事業を展開していくことを公に宣言したことであり、本当の意味での競合が始まったことに他なりません。オリジナル新薬の上市は喜ばしいことですが、そこに留まっていることはできないのです。私達は、継続して新薬を送り出し続ける新しい局面に突入しました。まさに、JT医薬事業の第二章が始まったと言えるでしょう。継続的に新薬を創出する為に、戦略的に何をしなければならないかが問われてきます。私達が開始した新たな取り組みの一つが、疾患を徹底的に理解するということ。身体の中で何が起こっているのか、なぜ起こっているのか、その疾患に対して現在どのような治療が行われているのか、その治療満足度はどうかなどを徹底的に知ることが高い有効性のある化合物創出につながります。更にどのような薬を作りたいのかをクリアにする取り組みも始めました。TPP(Target Product Profile=目的とする製品のプロファイル)を初期の段階で明確にすることです。これまで自社、他社を問わずTPPは不明瞭な部分が少なくなかったのです。病態を深く理解し、TPPを明確にして既存薬と差別化された薬効を実現する、そして一刻も早く価値のある新薬を上市する、このような創薬活動に挑戦し続けることは、すなわち患者様のことを徹底的に考えることにつながっていきます。JT医薬事業の第二章は、スピード感を持って競合製薬会社との厳しい戦いに勝ち抜いていくことをミッションとしていますが、そのことは取りも直さず、患者様に一刻も早く新薬を届けることを宣言したことにほかなりません。

創薬研究者に求められる資質と、就職活動中の学生に向けてメッセージをお願いします。

 創薬研究に携わる者には、好奇心・探求心が旺盛であることや、実験が好きでロジカルに解析できることなどは当然求められる資質です。その上で更に大切なことは、データを、先入観を持たずに素直に見る姿勢です。サイエンスは決して嘘をつきません。思いもよらぬ結果がでた時、それをダメと思うか、それとも、面白いと思えるか。つまり細胞や動物が何かしらのメッセージを発信している時、それを素直に感じ取ることができる感性を持った研究者が必要なのです。米国の生化学者で作家としても有名なアイザック・アシモフは、イノベーションは「That’s funny!(何か変だ)」という結果が出た時に起こると言っています。セレンディピティーにつながる発見を見逃さないことが画期的新薬創出の芽になるのです。
 また目の前の現象だけにとらわれるのでは無く、ゴールまでの道程やチームとしての現状など全体を俯瞰することも創薬を前進させる重要な要素です。新しい発見をする為の感性や研究を成果に結びつける俯瞰力は科学の勉強だけでは身につけることは難しいかもしれません。時には政治や経済などの人の営みの中で何が起こっているのかを考えたり、スポーツや芸術に対して興味を持ったり、人といろいろな形で関わっていくことにより磨かれていくものです。
 私自身の信条として、課題と言っても良いかもしれませんが、大切にしてきたことが二つあります。常に人から謙虚に学ぶ姿勢、そして課題に対して絶対に逃げないというタフネスさです。先輩、同僚から新しく入った新入社員に至るまで周りにいる人は全て自分の師です。それぞれ違った個性や学ぶべきものがあります。謙虚に学ぶことにより自分の能力は少しずつかもしれませんが進歩します。頑固に今の自分の能力を信じる自分と日々学ぶ自分。何年か後の違いは言うまでもないでしょう。また、創薬には困難がつきものです。このような時、目の前の難しい課題から逃げると、逃げ癖がついてしまいます。新薬の創製という難しい課題に挑戦するには、問題のハードルを自ら下げたり、問題を他人に押し付けたり、問題の本質をすり替えないことが大切なのです。
 最後に、学生の皆さんへ一言。JTには創薬研究に必須な、他社にはない自由な環境があります。この風土を死守していくのも私の使命です。是非、JTの自由な風土の中で、オリジナル創薬の創出にチャレンジしてください。“First in class”に特化した取り組みを進めている製薬企業はそう多くありません。ハードルは常に高いものがありますが、それを越えていく若い情熱とパワーに期待しています。創薬はそれ自体が社会貢献に直結する仕事です。創薬研究のやりがいと感動、そして達成感を、是非JTで手にしてほしいと思っています。

本日はお忙しい中、ありがとうございました。