医薬総合研究所長インタビュー

INTERVIEW 医薬総合研究所・大川滋紀所長に訊く 画期的なオリジナル新薬の継続的な創出のために、“尖った個性”を持った人財に期待したい。

まず始めに、JTの医薬事業が目指しているものをお聞かせください。

JTの医薬事業は1987年にスタートし、1993年に医薬総合研究所が開所したことで、世界を相手に創薬に取り組む体制が築かれました。この間、様々な試行錯誤はあったものの、研究者のレベルやモチベーションは確実に向上し、創薬のプロフェッショナル集団へと進化しています。そして、2013年以降にJTオリジナル新薬を世界に届けられるようになりました。それがHIVインテグラーゼ阻害薬エルビテグラビルを含む抗HIV薬「スタリビルド配合錠」とその後継品である「ゲンボイヤ配合錠」、MEK阻害薬トラメチニブを活性成分とするメラノーマ治療薬「メキニスト錠」、JAK阻害薬デルゴシチニブを活性成分とするアトピー性皮膚炎治療外用薬「コレクチム軟膏」、そしてHIF-PH阻害薬エナロデュスタットを活性成分とする腎性貧血治療薬「エナロイ錠」の4品です。スタリビルド配合錠とゲンボイヤ配合錠によりHIVに感染してもAIDSの発症をほぼ完全に抑えることができるようになりましたし、メキニスト錠は世界初のMEK阻害薬、すなわち「First in class」の薬剤として、非小細胞性肺がんの治療にも使われています。コレクチム軟膏も世界初の外用JAK阻害薬として、アトピー性皮膚炎治療におけるステロイド軟膏以外の新たな選択肢となっています。またエナロイ錠はこれまでの注射EPO製剤と違い経口投与が可能な腎性貧血治療薬を実現しました。このようにアンメットメディカルニーズの高い疾患に対して、継続的に治療効果の高いオリジナル新薬を医療現場に提供していくこと、そしてそれを可能とする研究開発力向上への飽くなき挑戦がJT医薬事業の目指す姿です。

「First in class」の創出にこだわる背景、理由をお聞かせください。

20年ほど前は、既存薬に対して優位性を持つ「Best in class」創薬が盛んに行われていました。これは製薬各社の創薬のレベルが今ほど洗練されていなかったことから、「First in class」の薬剤が有効性、安全性、薬物動態などの点で問題を抱えていることが多く、これらの点を改良した「Best in class」の薬剤のニーズが高かったことが挙げられます。現在では、創薬の技術レベルが向上したことで「First in class」イコール「Best in class」であることが多いことや、複数のメカニズムの薬剤を組み合わせて治療することがより有効であるとの認識から、新たな選択肢を提供する「First in class」の薬剤のニーズが高くなってきています。また、新たに開発した新薬が医療現場で真に有用かどうか、言い換えれば既存薬に比べて薬効や安全性で明確に差別化されているかや、どのような患者様を対象とするかというポジショニングが新薬の価値判断の基準になっています。実際、欧米では、費用対効果という点から新薬に対する厳しい評価がなされており、米国では差別化されていない後続の薬剤は保険会社の償還リストに載せてもらえず、結果として医療現場で使ってもらえないというのが現実です。このように製薬会社にとっては新薬創出が一段と厳しくなってきていますが、新薬に求められている高い基準は真に患者様のニーズを満たすための正しい方向と言えます。私たちは、今後も既存の薬剤や競合品とは差別化された「First in class」の創薬に特化し、患者様や医療現場のニーズに応えていきたいと考えています。

低分子化合物による創薬の可能性についてお聞かせください。

私たちは低分子化合物には大きな未来があると思っています。すなわち創薬のモダリティとして新薬を生み出すことができるポテンシャルが高いのです。抗体医薬に代表される生物製剤はがんや自己免疫疾患などの治療薬として開発されたものが、その作用の強さや選択性の高さなどによって話題になっています。私たちは低分子化合物と生物製剤のどちらが優れているかという議論ではなく、病気の治療の観点からそれぞれの特徴を生かした新薬が生み出されればよいと考えています。作用点という観点から見ても、低分子化合物は細胞外だけではなく核内受容体やキナーゼなど細胞内の創薬標的にも作用でき、その守備範囲が広いことが特徴です。また私たちが目標とする「First in class」の創薬において「フォワード・ファーマコロジー」と呼ばれる創薬手法が使えることはとても重要です。この手法では創薬標的がわからなくても求める薬効を指標に、既に合成された化合物ライブラリーのスクリーニングを行って臨床候補化合物を見出していきます。次にこの化合物を使ってその創薬標的を探しに行くのですが、JTでは、通常時間と労力を要するこのプロセスを、効率よく進めるためのプラットフォーム技術を整備・拡充しています。実際、メキニストはがん細胞の増殖にかかわるタンパク質p15の増加を指標にフォワード・ファーマコロジーの手法により見出され、その後にMEKというキナーゼが創薬標的であることが同定された新薬です。また、既存の治療薬や臨床候補化合物などを使ってあらたな疾患に対する治療効果を見出すドラッグ・リポジショニングあるいはリパーパシングと呼ばれる手法は低分子医薬品に特徴的なものです。低分子医薬品はオフターゲットと呼ばれる当初目的としていなかった創薬標的にも作用することがありますが、この性質をうまく利用した創薬手法ということができます。言うまでもなくメリットは新薬創出に至るまでの時間やコストが大幅に短縮されることです。

これらの取り組みに加えて、低分子創薬の可能性を拡大することにも積極的に取り組んでいます。これまでの創薬では酵素と阻害薬、あるいは受容体とアゴニストあるいはアンタゴニストなど化合物と標的タンパクが1:1の関係で作用するものが殆どでした。最近では、低分子化合物の創薬に適切ではなかった創薬標的においても、標的タンパクそのものを分解したり、分子シャペロンとして機能を持つなど複数のタンパクと相互作用することにより薬効を発現するもの、さらにはRNAなどタンパク質以外の標的に作用して薬効を発現するものが見いだされており、低分子化合物による創薬の可能性は拡大しつつあります。この新たな手法を用いることで従来型の創薬では実現しえなかった治療効果を発現することが可能となることから、未成熟の領域ではありますが、その可能性と限界を見極めるべく社内での取り組みを進めています。

また、最近になってAI技術が、様々な産業分野で活用されるようになり話題を呼んでいますが、私たちはAI技術を使って創薬プロセスを大幅に効率化することにも力を入れています。低分子創薬はそのドラッグデザインや構造最適化において最も恩恵を受けるモダリティで、JTが得意とする標的タンパクのX線構造解析やクライオ電顕などの構造解析技術と組み合わせることにより優れた候補化合物をより短時間で見出すことが可能になりつつあります。また疾患に関連する遺伝子などのビッグデータをバイオインフォマティックス技術によって解析することにより、ヒトでの有効性が期待できる新たな創薬標的を見出したり、最も適した対象疾患を見極めたりすることも可能です。このようなAI技術を有効に活用するには創薬とAIの双方が解る研究者の育成が重要と考えておりますが、ここ数年の取り組みの中で多くの研究者がそれぞれの分野でAIを使えるようになってきており、創薬力向上に繋がっています。

私たちの創薬はいわゆるトップダウン型ではなく研究所にいる全員が考え行動する総力戦です。創薬標的に関しても全員からアイデアを募りますし、日々の研究活動においても求められるのは個々の研究員がベストプラクティスを実現することです。特に創薬標的に関しては多くのアイデアの中から新薬に求められるTPP(Target Product Profile=目的とする製品のプロファイル)を満たす可能性のあるプロジェクトを選別する必要があり、そのためにはアイデアが多くて困ることはありません。まさにダムと同じように下流を潤すには水をたっぷりと湛えている必要があり、そのために社内のみならず社外に積極的に出て行って面白いと感じた創薬のアイデアをたくさんダムに貯めることに努めています。これとは逆に水=アイデアの放流、すなわちプロジェクトとして研究を先に進める際には、既存薬との差別化を中心としたTPPを明確にして研究開発の段階でこれを明らかにしていくことに努めています。病態をできるだけ深く理解し、患者様の目線で真のアンメットニーズを探り、これを満たすTPPを有する価値のある新薬を一刻も早く上市する。このような創薬活動に挑戦し続けることが、私たちのミッションです。

創薬研究者に求められる資質と、JT医薬事業が求めている人財像をお聞かせください。

創薬研究に携わる者として、好奇心・探求心が旺盛であること、研究・実験が好きでロジカルに解析できることなどが必要とされる基本的な資質です。さらに長期にわたる創薬活動において明るさや情熱、あきらめない精神力といった要素も創薬研究者には求められると思います。またこれまでの経験から優れた結果を残せる研究者が有しているのが、専門性だけでなく、様々な事象の中に面白さや変化、差異を見出せる感性です。その意味では、理系的知見のみならず、芸術をはじめとしたリベラルアーツ等に親しんで培ってきた資質も創薬研究には活かされると思います。そうした感性が、様々な事象のつながりや原因を探り当てたり、最終ゴールを意識し俯瞰的な広い大きな視点で物事を見ることができる素養を生み出したり、創薬を前進させていく力になると考えています。

創薬研究というのは現場こそが主戦場であり、そこで様々な専門性を有した一人ひとりが能力を発揮することが求められます。その現場で求められるのは、「ここは誰にも負けない」という“尖った”スペシャリティ。イメージとしてはスペースシャトルのミッションスペシャリストのようなものを考えてもらうと良いかもしれません。私たちはキラリと光る“尖った人財”を求めています。また、長年の歴史の中で日本人に刷り込まれたDNAかも知れませんが、最近は特に、失敗を恐れて実行を躊躇する傾向が少なくありません。未知の新薬を求める創薬研究では仮説通りにいかないことを数多く経験します。しかしこれは失敗ではなく新しい結果を得たことになるのです。大切なのは得られた結果から仮説を立てなおして次の展開に向けてリスクを恐れずチャレンジすること。そういう人が、新薬に向けての次のステージに進んでいけるのだと思います。

就職活動中の学生に向けてメッセージをお願いします。

世界の患者様を救う薬を作りたい、自らが結果を出したい、そう思う方に是非入社してほしいと思っています。JTには創薬研究に必須な、他社には負けない自由な環境があります。その端的な例は、ポジションやキャリアに関係なく議論を交わす風土であり、自分がやりたいことにチャレンジできる機会の提供であり、そして上位下達ではなく個々の考えや自主性を尊重する組織、体制です。こうしたJTの自由な風土の中で、オリジナル創薬の創出にチャレンジしてください。創薬の本質である「First in class」に特化した取り組みを進めている製薬企業はそう多くありません。ハードルは常に高いものがありますが、それを越えていく若い情熱とパワーに期待しています。創薬はそれ自体が社会貢献に直結する仕事です。創薬研究のやりがいと感動、そして達成感を、是非JTで手にしてほしいと思っています。