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予想もしなかった工場への配属

「こんなはずじゃなかった」――実はそんな気持ちから、私のJT人生はスタートしました。工場に配属になるとは夢にも思っていなかったですし、住むのは片田舎。スーツは不要。しかし、自分で決めた就職先です。「簡単に引きさがることはできない」と気持ちを入れ替えましたが、工場で働くというイメージが持てないままJTでの仕事が始まりました。

入社後、一番初めに任された仕事は、工場での生産管理でした。原料が入ってくるところから、製品として出荷するまでの複雑な工程を一気通貫で管理しながらコントロールしていく。どの生産ラインでどの銘柄をいつまでにどれだけつくるか。一日、一カ月、一年のプランを立てます。
しかし、なかなか計画通りには行きません。機械そのものの不具合が発生したり、時には、工場のシャッターが故障して開かないというような、まったく予想していないことが起こります。そのあらゆることについて、オーナーシップをもちながらどのように解決へ導くか。工場で勤務する約300人をどうエンゲージしていけば物事が前に進むのか。試みては失敗し、またトライしていく、その繰り返しでした。上司は事細かく指示をする人ではなく“温かい放任”というスタンスです。しかも、一緒に仕事をするのは上司より現場の同僚であり、その人たちをマネジメントする課長や次長でした。分からないこと、興味があるところには、工場内のどこへでも訪ねて行って質問しました。

自分のもっている生産管理に対する知識は限られていたのですが、限られているなりに、こうすれば効率がいいのでは、というアイデアも浮かびました。手作業を機械化したり、現場で仕事をする方々の動線を変えて作業効率を上げたり、大小いろいろな工夫をしました。
最初は相談や提案をしても、先輩方は「おまえは何も分ってない」という反応が多かったのですが、粘り強く周囲を説得していくと、実現まで漕ぎつけ結果が見えてくるものも増えていきました。先輩方からは「おまえのおかげで良くなったよ」といった反応が返ってくるようになりました。「初めはできると思わなかったけれど、おまえなかなか根性あるな」とほめていただくこともあり、工場での仕事が次第に楽しくなっていきました。

気軽な相談が仕事の種まきになる

工場にいた4年間は、間違いなく、現在の私の基礎となる経験を積んだ時間です。そのときに身に付けたことの1つに、いろいろな人に相談しながら物事を進めるという私のスタイルがあります。それも「相談に乗ってください」と改まって言い出せば深刻になってしまう。そうではなく「最近こういうことを考えているのですが、どう思います?」「この件、このように理解していますが、合っていますかね?」と、ソフトに自分の考えをぶつけるようにするのです。すると、いろいろなアドバイスや新しい視点がいただける。そうしているうちに、自分の中でも方向性がはっきりしてきます。
最初は「やり方が分からない」「分からないなら聞いてみよう」という素朴な動機だったのですが、今振り返ると、そこには仕事を前に向かって進めるためのいくつかのヒントがあるように思います。

1つは、いつの間にか仲間が増えていくということ。「ああ、それは前に言っていたあの話だね、良いと思うよ」というように、“以前の相談”が相手の記憶に残っていて、いざ実施するときの説明や同意がスムーズになります。
2つめは、自分ひとりでは単なるアイデアに終わることも多いのですが、「どう思う?」ともちかけたアイデアに魅力があると、その人の頭の中でいつの間にか育って、あるとき「この前言っていたことどうなった? 実は私も考えてみたけれど…」と具体化されているということです。気軽な“相談”という形で、ぽろりぽろりとアイデアを落としていくと、それがある時、知らないところで大木のように育っている。
自分でできることは限られています。時間も無限にはありません。そんな中でも、自分の好奇心を満たし、刺激を受ける会話はもともと好きでした。意識はしていませんでしたが、それが相談になり、仕事につながっていたのです。相手に「どう思う?」と話し始めたときに、エコシステムのようにくるくる回る仕事のサイクルができあがっていました。

常に現状不満足

入社以来、私は「何をしたらいいのか分からない」という体験をしたことがありません。常にやるべきことは自分のまわりにあって、体も時間も足りませんでした。
恐らくそれは、私が常に現状に不満足だからだと思います。「もっとこうしたい」「なぜこうなんだろう」という不満と疑問が常にあります。そして、不満や課題を感じれば、それを解決せずにはいられない。アイデアだけでは満足できず、実現にこだわるところがあります。

しかし、一度解決したら、もうそのことはいつまでも引きずりません。私は「思えば遠くへ来たもんだ」という感覚が好きです。始めた当初はすごく高い山で、いったいどうやって登るのか?という不安があったとしても、登り切ったときは、そこはもう山の頂ではなく、次の山が見える平坦な場所で、一緒に進んできた仲間と前を見ている。そういう仕事を常にしていきたいと思っています。
不満や課題が解決するということは、また前に進むスタート地点に改めて立つということです。私自身、過去のことはあまり覚えていません。イギリスのGallaher社を買収する前のJTはどんな会社だったか、それは思い出せなくてもいい。前を向き、変革をドライブしながら、常に到達点が出発点であるような仕事をしたいと思っています。

大小ありますが、今までたくさんの課題を解決してきました。しかし、特に「これは筒井がやった仕事」という人もいません。実は、私が言い出さなかったら、現在はなかったシステムや仕組みもありますが、別にそれはいいのです。変えなければならないことはたくさんある、それは気付いた人が実行して、当たり前のことにしていけばいい。変えていくことを当たり前のこととして内在化した組織は強いと思います。

自由ということは、責任を伴うということ

2008年、私はJTI Corporate StrategyのVice Presidentとして仕事をすることになりました。海外では総合職という概念がなく、職種や職能に基づく就職・雇用が行われています。また、Human Resourcesによる一括採用というよりも、各部門長たちが自ら面接をし、自分の部署で働いてもらうメンバーを選ぶという仕組みになっているのが一般的です。
部署の仕事に加えて、採用・人事までもが自由に行える環境でしたが、楽しいというよりは、とても大きなプレッシャーを感じていました。自分で人を集めて作ったチームですから、成果が出なかった時に「部下のパフォーマンスが悪い」「部下が思うように動いてくれない」などとは決して言えない。人財育成から成果へのコミットまで、全責任を自分で追わなければならないという怖さがありました。同時に、自分で作ったチームだからこそ、メンバー全員を信じていましたし、全員で成果を追い求め、死に物狂いで仕事に取り組めたことは、非常に大きな経験となっています。
2012年、経営企画部長として日本に帰国することになるのですが、JTIでの経験が非常に活きました。日本では経営企画部というと、全社・全事業の取るべき経営戦略を提言し、経営層の意思決定をサポートするという“凄い部署”というイメージがある人も多いでしょう。しかし、海外でCorporate Strategyといっても、全くエグゼクティブではありません。Marketing、Sales、Legal、Accounting――それぞれはっきりした価値創出をしているが、「Corporate Strategy、あなたたちのValueとは何なんだ?」と問われ続けてきました。その時に、私が信じたメンバーと、必死に価値を追い求めた当時の経験があったからこそ、日本の経営企画もそうあるべきだと確信し、常に前を向いて新しいことにチャレンジできたと思っています。

プレッシャーに負けないコツ

JTIに籍を移して参画したGallaher社の買収プロジェクトや、その後のJTI Corporate StrategyでのVice Presidentとしての業務、さらにJTに戻って37歳で着任した経営企画部長の職務など、いずれも大きなプレッシャーのかかる仕事を続けてきました。若い私に多くのチャンスをくれたJTには本当に感謝しています。もちろん、押し潰されそうになったこともあります。しかし、そのときは「私をそのポジションに任命した人が悪い!」と思うことにしたのです。半ば開き直りに近いかもしれません(笑)しかし、この“発見”が私にとってはとても大きなことでした。重く圧し掛かるプレッシャーがなくなるわけではないのですが、不思議と少し気楽になり、気負わず仕事ができるのです。今、部下にも同じことを伝えています。ある任務に抜擢した部下が「私で大丈夫ですか…?」と不安そうに尋ねてくることがあると、私はこう言うのです。「大丈夫。責任は任命した私にあるのだから気にするな。できると思うから頼んでいる。すぐにパーフェクトとはいかなくても気にするな。無理そうだと思ったら相談してくれたらよい。いよいよだめそうだったら、自分を指名した筒井が悪いと思ってくれ」と。これが、私にとってのプレッシャーに負けないコツなのかもしれません。

私が経営の仕事をしている意味

一般的な執行役員という役職の印象からいえば、私は非常に若いと思います。しかしこれは、年齢に関係なくこの仕事ができるというメッセージであり、また、JTはそういう人事ができる会社であるということを内外に示すものでもあります。
私は現状の不満を一つひとつ解決して、今よりさらに良い方向に物事を変化させることを “原動力”にして動いている人間です。その私の背中を会社が押してくれることはありがたい。
変化することは価値の高い活動だと思っています。変化の中から、時にイノベーティブな飛躍も生まれる。そのことを経営層が強く意識し、自らを変えながら、前へ前へと進もうとしている。私を任命したということは、会社自身が変化を求め、イノベーションを生む力にギアを入れて、それを力強く発揮していこうという意思の表れだと思います。
将来は事業環境もビジネスのやり方も大きく変わるでしょう。私を執行役員のポジションに置くという判断をすることは、その変化を会社として乗り越えていくぞというメッセージです。大きな責任を感じますが、常に変化を求め、こういう大胆な人事ができるJTは良い会社だと思いますし、そのことを後輩たちに伝えていきたいと思っています。

たばこのもつ価値を伝えていきたい

たばこはユニークな商品です。たばこを燻らす時の、ホッとする瞬間。たばこ1本を吸うほんの数分間、世の中からぱっと離れるような心地よさ。この数分間は、私の人生の中で大切な時間であり、他の物では補えません。生活必需品ではないけれど「あったらいいな」という価値あるものを提供し続ける会社でありたいと思いますし、未来にもそういった価値を提供し続け、永続するビジネスを追い求めて行きたいと思います。

未来は変えられる――それができるJTを目指して

経営企画部というところで仕事をして以降、私は長期的な視点で物事を考えることが多くなりました。その中で最近、未来に対する感覚が変わってきたことを実感しています。以前は、未来というのは厳然としてあり、それに向かって年々近づいていくという感覚で捉えていました。多くの人も、そういう感覚ではないでしょうか。
しかし、未来とは形の決まったものではなく、自分が「こういう未来がほしい」と念じ、自分で引き寄せてくるものではないかと思うのです。
そのためには明確なビジョンを持たなければなりません。未来を主体的に考え、私たちが望む未来を引き寄せてくるのです。人口減少や高齢化など、変えられないものもあります。しかし、多くのことは主体的に取り組めば変えることができます。
未来は変えられる――そのメッセージを高く掲げ、そういうことができる会社であり続けたいと思っています。

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