プロジェクトストーリー 開発の要諦は「想い」にあり ピース史上最高傑作の誕生を支えた、未知への挑戦と情熱

ここに1本のたばこがある。
見た目は何の変哲もない。ただ、通常のシガレットよりも少し長く、嵩のはるフィルターには金色の鳩が刷ってある。このたばこを楽しもうと思えば、大抵の人が火を点けて煙を吸い込むだろう。火を点けて、吸う。至ってシンプルな行為だ。
シンプルな嗜好品。たばこをそのように定義しても、それほど的外れではない。シンプルで、プリミティブ(原始的)な行為。それなのに、世界中で数億人というユーザーから今なお支持され続けている。
この嗜好品に複雑な点があるとすれば、それは燃焼という作用によってもたらされている。喫味も香りも、燃焼というステップが挿入されるだけで、いまだ科学的に解明できない世界へと、私たちを運び去ってしまう。
行為はシンプルだが、構造は奥深い。

たとえば、1本のたばこに80種類を超える葉たばこがブレンドされているなど、想像できるだろうか?
原料となる葉たばこは、産国(収穫された土地)・着位(葉が成った部位)・品位(葉っぱの品質)によって等級が分かれ、その種類は数百にもなる。この膨大な組み合わせの中から、たばこの葉組(ブレンド)はつくられている。さらに香料や加工処理の工程を含めれば、組み合わせ数は無限に近くなる。
たばこの開発は、「未知への挑戦」といわれる。難しさと同時に、開発者のやりがいも大きい。無数の組み合わせと、無限の可能性。そこにいつも正しい「答え」はなく、あるのは開発者たちの「想い」だけだ。
自分の「想い」を込めた商品が、美しいパッケージに包まれ、やがて世界中のユーザーに届く。たばこづくりの醍醐味はそこにある。

第一章 ピース史上最高傑作を。

新製品開発とはある者の情熱から始まる。

「ピース」のブランドマネージャーが、開発リーダーである渡邊健雄のもとを訪れたのは、2009年2月のことだった。
「渡邊さん、ピースの最高峰をつくろう。今度こそ、夢のような話じゃないよ。具現化するイメージがようやく固まったんだ」

彼が手にした開発企画書を見た渡邊の目に、「The Peace(ザ・ピース)(仮)」、「ピース史上最高傑作」という文字が飛び込んできた。ページをめくると、パッケージデザインも完成している。それは、入社30年のベテラン社員である渡邊ですら、見たことのない平型缶タイプの斬新なデザインだった。
「このパッケージを見てくれ。厳選した素材だけで作ったシガレットを、密封した缶に閉じ込めるんだ。The Peaceは、これからの高級たばこ路線に、先鞭を付けるフラッグシップになる」 このプロジェクトが実現すれば、JTにとって前代未聞の開発になるだろう。価格帯、厳選された原料のみの使用、新しいパッケージ……既存技術だけでは対応できないことばかりだ。
やはり夢のような話と渡邊には思えた。技術者としては、誰もが取り組みたいテーマだろう。だが、いかにコンセプトやパッケージが優れていても、中身の品質が担保できないことには、お客様は喜んでくださらない。そしてもし失敗すれば、2度と高級たばこ路線はお客様に受け入れてもらえなくなる。その現実を渡邊は痛いほど知っていた。

「ピースの最高峰……言うは易し、行うは難し、だ。中身をつくる側としては、具体的なイメージが湧くまで動けないな」
「コンセプトだけでは駄目かい?」ブランドマネージャーは口惜しがった。
「厳選素材を世界中から掻き集めて、贅沢の限りを尽くしても、その製品がお客様のイメージする高級感にマッチするのかといえば、たばこ開発はそんなに甘くない。だが、あなたの情熱は伝わった。ピースへの熱い想いは、私も同じだ」
その日の話はここまでだった。

「The Peace(ザ・ピース)」開発リーダー
R&Dグループ 製品開発センター 主席技師
渡邊 健雄

そこには本当にニーズがあるのだろうか?

1979年にJT(当時の日本専売公社)に入社した渡邊は、2005年まで一貫して原料、加工処理、葉組という、葉たばこ専門の道を歩んできた。世界20カ国以上の葉たばこ農家を見て回ったこともあり、海外勤務経験も7年と豊富だ。葉っぱを見ただけで「どの農家で、どんな環境で生育したか」を言い当てて一人前と言われる仕事に、25年以上携わってきたことになる。

2005年、渡邊は開発リーダーになる。主な業務は、新製品の開発や、既存製品のメンテナンス。取り扱うブランドの中に「ピース」もあった。
「ピース」は歴史が古く、一定のユーザーに長く愛され続けている、まさにシガレットの代名詞のような銘柄である。その「ピース」が、お客様の高齢化などによって、シェア低下を起こしている。開発リーダーとしての問題意識はそこにあった。その解決に向けて、渡邊が注力したのが「お客様を深く理解すること」だった。
お客様調査に、積極的に参加する。そこで、お客様の年齢や食事の嗜好などの周辺情報をもとに、どんなお客様が、どんな感想を言うのかを予想する。予想が外れれば、意識的にお客様の立場に身を置き、その感想の真意を探るという訓練を重ねた。

そうした日々の中で、渡邊はだんだんと確信に近いものを抱くようになる。「ピースの最高峰」というお客様ニーズは、確かに存在すると。
渡邊の決意は固まった。「The Peaceの話、受けてみようか」——自分のこれまで培ってきた知識・経験・技術の集大成として、この開発に賭けてみようと。

上級者になれば、原料を見ただけで、吸うとどんな味・香りがするのかは勿論のこと、どんな場所で、どのように生育した葉たばこかイメージできるという

第二章 The Peaceに相応しい味とは?

お客様の何気ない一言に大きなヒントが隠されていた

2009年5月、The Peaceの開発プロジェクトはスタートを切った。開発チームには、葉組、香料、加工処理、材料、パッケージなど、R&Dだけで約10名の担当者が名を連ねた。各人が、それぞれの分野の第一線で活躍する、プロ集団である。

だが、このチームが本格的に始動するには、もうしばらくの時間が必要だった。渡邊には「ピースの最高峰」の具体的なイメージが、どうにも腹に落ちないのだ。洋酒やチョコレート、コーヒー、アイスクリームなど、あらゆる嗜好品を試しては、「高級品とは何か?」を考え続けた。

開発リーダーにとって、目指すべき味・香りのイメージを持つことは、最重要のミッションである。担当者たちに、自分のイメージを具体的に伝えることが必要になるからだ。メンバー全員が同じ目標を共有してはじめて、画期的な商品が生まれる。ここが勝負所とわかっているだけに、渡邊はどうしても妥協ができない。ひと月、またひと月と、時間が過ぎていくばかりだ。
渡邊は考えていた。高級品には「味が濃い」という共通項がある。しかし、ただたばこの味を濃くするだけでは、今回の商品とはそぐわない部分も多い。ピースの最高峰とは、一体どんなイメージなのか?
渡邊はお客様調査で、高級品のイメージを繰り返し問い続けた。そしてある日、お客様が何気なく答えた中に大きな手がかりが見つかったのだ。それは芳醇でいて雑味がなく、芯のしっかりとした、ある嗜好品を例えたものだった。その言葉を聞いた時、渡邊の全身に電流が走った。
それこそ、渡邊の求めていたイメージと合致していた。2009年の9月の晴れた日のことだった。

渡邊は「ピースの最高峰」の具体的なイメージが、なかなか固まらなかった

第三章 「想い」を共有し、いざ開発へ。

プロフェッショナル達の輝き

2009年秋から2010年にかけて、いよいよ本格的な開発段階に入った。

第1ステップは「葉組」である。この工程では、葉っぱのブレンドの比率を決める。葉組担当のことをブレンダーともいう。The Peaceのブレンダーは製品技術開発センターの近藤であった。近藤は葉たばこのエキスパートといわれる。
渡邊は開発シートを携え、近藤と最初の打ち合わせを行った。まず渡邊が伝えることは、製品のコンセプトと具体的なブレンドのイメージである。味はしっかりしたもの、香りは豊かで芳醇なもの、煙は柔らかく拡がるもの……。「説明を聞きながら、頭ですぐに考え始めるんです。どの産地の、どの部位の葉たばこを使用しようか。あれを組み合わせれば高級なイメージが出るんじゃないかと」反射的にアイデアの引き出しが開くと近藤はいう。
打ち合わせの直後、近藤はさっそく試作品を作る。これにより渡邊のイメージを近藤が具現化し、味の微調整を行うことで、二人のベクトルを合わせていくのである。

葉組担当の近藤(右)はこう話す。「重要なことは、自分のイメージが渡邊さんと合っているかの確認です」

開発の第2ステップは香料である。香料には、葉たばこ本来の味を整える「ケーシングソース」と、香りを決定づける「トップフレーバー」の、大きく2つの役割がある。The Peaceの香料担当は製品技術開発センターフレーバーリストの山口。山口は香料を開発すること20年という、職人のような存在である。
葉組のイメージ共有が済むと、渡邊はそれに添加する香料の開発ということで、山口のもとを訪れる。第一回目の打ち合わせ。この時、職人気質の山口が、ウキウキした顔で言った。「ピースの最高峰!? これまた凄い開発だなぁ。よし、思いっきり香りをリッチに仕上げてやろう!」脳裏をよぎるのは、どんな香料がピースの最高峰の商材に相応しいのか……。
開発中、山口の頭には絶えず「ピースの最高峰」という言葉があった。香料開発の決め手になったのは、渡邊が伝えてきた具体的なイメージであった。「いろいろやっていくうちに、これはいいなという香素が一つあったんです。それは今でもThe Peaceのキーなんですけど」

たばこの開発は、葉組と香料が決まれば、次に材料品(巻紙やフィルター)/パッケージを決め、製造工程に入るというのが通例である。しかしThe Peaceの開発は、通常のプロセス通りに、円滑に進むものではなかった。

香料担当の山口は、「これは最高峰の価値があるか? 「ピース史上最高傑作」のものと呼べるか?」と自問自答を繰り返した

異例、不可解、アクシデント——開発者魂が燃え上がる

近藤はブレンドの試作品の第一弾を素早く開発し、渡邊のもとに持ってきた。「バージニア葉100%の中でも、ピースの最高峰に相応しいものに仕上がっているはずです」そのサンプルを吸った渡邊は笑顔で返した。
しかし、山口が開発した香料を添加してみると、渡邊のイメージと合わない。香料が強く、葉たばこの芯がないように感じられた。「申し訳ないが、ブレンドをやり直してくれないか?」

たばこ開発の工程では、一度進んだ工程が戻るということは、まずない。しかし、The Peaceの開発では、葉組と香料の間で何度も戻り、試行錯誤が繰り返された。まさに異例の展開であるが、それによって開発者魂に火が点く者も多かったという。「私はできないところをイメージしているのかなと、何度も諦めそうになりました」と渡邊は述懐する。
最終的には、渡邊のイメージ通り葉組と香料のマッチングに成功する。近藤の豊富な知識と経験が、意外なアイデアを生み出したのである。「香料と合わせて、はじめてピースの最高峰となるよう、発想を変えてみたんです。贅沢な原料を足して、足してではなく、逆に引いてみたらどうなるんだろうかと」

「反省点は、ブレンドだけでピースの最高峰を目指してしまったこと」と近藤は振り返る

2011年、ほぼ完成品に近づいた頃、東日本大震災が発生した。開発機能は停止し、各メンバーは本社やグループ会社に出向いて業務を続行した。それも数カ月で復旧し、いよいよ製造工程に入ろうという時……。
製品化の段階のことだ。缶パッケージにシガレットを封入すると、開封した際に香りが消えてしまうという不可解な現象が起こった。製品開発センターパッケージ担当の田中は言う。「当初は包装する機械もない、ノウハウもない、しかも全く経験のない材料、すべてゼロからのスタート。デザイナーと、材料メーカーと打ち合わせを重ね、たばこの味に負けないパッケージの具現化というのを、常に意識して取り組みました。万全を期しただけに、トラブルが発生した時は衝撃を受けました」
たばこを密封するシール構造は、The Peaceの大きな訴求点の一つだった。渡邊はいつも言っていた。「お客様目線でパッケージを考えるなら、この構造しかないはずだ」と。むしろ特長ともいえる部分が、いざ製造の段になって、トラブルの原因となってしまう。開発メンバーたちは、この時ほど「初チャレンジの難しさ」を痛感したことはなかった。
販売時期は無念の延期。渡邊・田中は全力で問題解決にあたり、原因を突き止め、解消した頃にはすでに2012年になっていた。

パッケージ担当の田中は、「平型缶はJT初の仕様だったので、やりがいのある仕事でしたが、それだけに苦労も多くありました」と語る

第四章 誕生。

The Peace の反響とイノベーションの意義

2012年2月、遂にThe Peaceは発売開始となった。折しもたばこの増税問題が社会で取り沙汰されている最中、「1,000円のピース」として登場する格好となった。時期的な妙ではあるが、結果として社会に大きなインパクトを与えた。TV番組7社、新聞9紙、雑誌25社など、さまざまなメディアで取り上げられ、たばこの新しい付加価値を世に問い直すきっかけになったのである。
「最近では、テレビにたばこが映ることなどまずないはずが、The Peace発売の頃は毎日、テレビに出てましたよ。一瞬、昔の時代に逆戻りしたような錯覚すら覚えたものです」と渡邊はいう。

この開発プロジェクトの成功によって、新たな技術、知見、設備・機械、技術者の経験など、多くの成果をJTは蓄積することができた。それらは現在、「ピース」のみならず、数多くの銘柄に活かされている。

JT R&Dでは、渡邊らプロフェッショナルがこれまでつないできた経験・知識を、あますことなく若手に引き継ぎ、新たなプロフェッショナルを生み出している

The Peaceではゴールだったはずの技術が、今ではスタートになっているのだ。ここにイノベーションの意義がある。渡邊は最後にこう話す。「これからJTに入ってくる若い開発者には、私の経験をすべて伝えていきたい。そうすれば、若い開発者たちは、次のステップからスタートを切れるんです。私が30年以上かけて得たものを、これからの人たちは4~5年で習得できるでしょう」と。

JTのR&Dは、プロフェッショナルの集団である。しかし、誰一人としてプロとしての自分に満足している者はいない。未知なる嗜好品であるたばこは、一つ新しいことを知ると、それがさらなる謎を呼び、永遠に解明されることはなさそうだ。
その製品開発には、さまざまなストーリーがあるが、発端はいつも社員の情熱である。一人の社員の情熱が、それを受け取る社員の気持ちを揺り動かし、結果として会社を動かす。イノベーションが巻き起これば、社会をも動かすことになるのだ。その好例として、The Peaceの開発はあった。

これからもJT R&Dでは、先輩・後輩関係なく、情熱をいだいたものが中心となり世間にイノベーションを起こしていく