其の三 煙草屋じゃないかというと袈裟に斬り

イラスト
たばこの川柳
『忠 臣蔵』のハイライトは何といっても吉良邸討ち入り。ところが、その宿願達成までには並々ならぬ苦労があった。例えば、47人の浪士のうち、江戸の地理に詳しい者は堀部弥兵衛・安兵衛親子ら7人ほどで、大石内蔵助自身も不案内だったという。こんなところにも、浪士たちの苦労のほどが偲ばれる。

総坪数2,550坪、建坪846坪の吉良邸を内偵するため、商人になりすます浪士もあった。前原伊助と神崎与五郎は吉良邸裏門近くの空家を借りて米屋を始め、米屋五兵衛・小豆屋善兵衛と名乗って、吉良上野介(きら こうずけのすけ)の動静を探った。

日用品や小間物の行商人に扮して、吉良邸の内部を探ろうとする者もあった。一説によると間十次郎は、「播磨屋」という名のたばこの行商人に扮して、しばしば吉良邸に出入りしたという。当然ながら吉良の家人たちとは顔見知りになったろう。そのたばこ屋が12月14日深夜に討ち入りしてきた。顔見知りの吉良方の家来が、「おや、お前は煙草屋じゃないか」と驚く間もなく、十次郎に袈裟懸け(けさがけ)に斬りつけられたというのが、一句の意味である。「袈裟に斬る」は僧侶の懸ける袈裟のように、肩から胸にかけて斜めに斬りおろすこと。日頃はたばこの葉を刻んで商う者が、この日は宿敵を刻んだというところに面白みがある。ちなみに、間十次郎といえば、討ち入りの幕切れ近くで、炭部屋に潜む上野介に一番槍をあびせた若武者である。

 この句の内容が事実であったか否かはともかく、江戸時代にはたばこの行商はごくありふれた生業だっただけに、吉良邸の内偵に使われたとしても、少しも不思議ではない。句中の“煙草屋”の文字が、討ち入りに賭けた浪士たちの苦節のほどを見事に象徴している。その甲斐あって立派に宿願叶った喜びを、江戸の庶民感覚でユーモラスに表現した一句である。
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