いにくのにわか雨に、人家の軒先を借りる──アーケードや地下道などなかった江戸時代には、こうして雨を避けるしか仕方がなかった。なかなかやみそうにない雨に、ついたばこでも一服吸い付けたくなるのが、愛煙家の人情。しかし、雨が降る降らないにかかわらず、人家の軒下ではたばこを吸わない──これが当時の習わしだった。
火災の原因になりかねない、通りを汚すなどの理由が考えられるが、何よりもたばこ盆のない戸外での喫煙は見苦しい。この句には「叱られた」とあるが、必ずしも実際に叱られたわけではなく、「それはしてはいけないことですよ」という禁止の通則を示す古川柳独特の言いまわしだそうである。他人からそんな注意を受ける前に、自ら気付いてキセルを納めるのが江戸っ子なのだろう。
これとは違って、茶店などで一休みしている時ににわか雨にでもなれば、店を出るに出られない──そんな時は、たばこ盆を手許に引き寄せて、ゆっくりたばこでも吹かしながら、雨上がりを待つしかない。「遣らずの雨」である。そんな癖が、つい、他家の軒下でも出て、キセルに手がかかる。そこで「おっと、いけねぇ」と気付いて、自粛する江戸っ子……。そんな愛煙家の人間味あふれる仕種に、おかしみを感じて詠んだ一句かもしれない。
“粋”を愛する江戸っ子は、場所柄に応じて自分と周囲との関係に配慮し、ギリギリの調和点を見出すことに美を感じていた。出過ぎもせず、遠慮がちにもならないカッコよさが“粋”である。たばこをやたら吹かすのではなく、時によってはあえて自制する心意気を示す──愛煙家ならそんな“粋”なところを見せたいものである。 |