地域の“イツモ”と“モシモ”を支援する「防災喫煙所」プロジェクトが始動

防災機能を備えた喫煙所――、そんな一風変わった試みをJTは進めています。いつも同じ場所にあって、人の目にとまりやすい喫煙所は、防災拠点にうってつけ。平時にも防災情報を発信し、地域に住む人や働く人の防災意識向上を促します。この企画を一緒に行うのは、数多くの防災プロジェクトを手がけてきたNPO法人「プラス・アーツ」。その代表を務める永田宏和さんに“防災喫煙所”の可能性についてうかがいました。

防災プロジェクトのノウハウを屋外喫煙所に融合

日本は“災害大国”ともいわれるように、自然災害のリスクをつねに抱えています。東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨災害など、この十数年間だけ見ても大小様々な災害に見舞われてきました。

万が一のときに備えた防災拠点が、各地で必要とされていますが、まだまだ十分な数とはいえません。喫煙所を通じた地域貢献に取り組むJTは、この課題に着目。現在、防災機能を備えた「防災喫煙所イツモモシモステーション」の設置を進めようとしています。

プロジェクトのパートナーを務めるのが、兵庫県神戸市に拠点を置くNPO法人プラス・アーツです。2006年の設立以来、大人も子どもも楽しく学べる防災プログラムや防災イベントをプロデュースしてきました。いずれの企画も「遊び」的な要素が「防災訓練」につながるものばかり。親子キャンプで避難生活を疑似体験する「レッドベアサバイバルキャンプ」や防災の知識が身につく謎解きプログラム「防災博士の挑戦状」など、ユニークな仕掛けが人気を集めています。

なかでも、防災プログラムとおもちゃの交換会を掛け合わせた「イザ!カエルキャラバン!」は「プラス・アーツ」の代名詞ともいえるイベント。これまでに企業や自治体などと連携して、全国各地で開催されてきました。「プラス・アーツ」の代表を務める永田宏和さんは、名物イベントの誕生をこう振り返ります。

「イザ!カエルキャラバン!」での様子。

「カエルキャラバンが生まれたのは、2005年のこと。私がまだまちづくりのコンサルタントとして活動していた時期ですね。兵庫県と神戸市による阪神・淡路大震災10周年記念事業の一環として依頼を受け考案しました。遊びの要素を取り入れたのは、防災プログラムの堅苦しいイメージを払拭したかったから。これが狙いどおり効果を発揮し、たちまち話題になりました」

手ごたえを感じた永田さんは、一念発起して「プラス・アーツ」を設立。防災教育・防災啓発の活動を本格化させていきます。

事業が大きく飛躍したのは2007年から。永田さんは、阪神・淡路大震災で被災した人たちの証言をまとめた『地震イツモノート』(木楽舎)を刊行します。イラストは、JTの「大人たばこ養成講座」でおなじみの寄藤文平さんが担当。これは、永田さんたっての希望で「寄藤さんのタッチなら万人に受け入れてもらえる」との狙いがありました。

さらに、同年、横浜で開催された防災とクリエイティビティをテーマとした体験型展覧会「地震EXPO」のプロデュースを任されることに。防災に関する展示や講演、ワークショップなどが盛りだくさんで、それまでの集大成ともいえる内容になりました。イベントのキャッチコピーを考案したのは、寄藤さんと旧知の仲であったコピーライターの岡本欣也さん。このときの出会いが、永田さんの今後の活動に大きく影響を及ぼします。

「未来は夢見るものではなく、そなえるものになった。」という岡本欣也さんのキャッチコピーが響く「地震EXPO」のポスターとイベントの様子。

喫煙所に秘められた、防災拠点としての可能性

ここ数年間で、企業とのコラボレーションが増えたという「プラス・アーツ」。“防災喫煙所”のプロジェクトを持ちかけたJTもまた数ある企業のうちの一社でした。しかし、永田さんはJTの姿勢にほかの企業にはない“覚悟”を見たそうです。

「今回の話が舞い込んだのは、2021年6月ごろ。それまでの企業コラボは、CSR(企業の社会的責任)としての意味合いが強く、社員向けの防災訓練や社内研修、顧客向けの防災イベントが大部分を占めていました。ところがJTさんの場合は、本業に深くかかわる『喫煙所』という領域に『防災』をプラスしようとしていた。一過性のもので終わらせるつもりはないのだな、と感じました」

とはいえ、喫煙所×防災という一風変わった取り合わせに不安はなかったのでしょうか?

「喫煙所って駅前や公園といった目立つ場所にありますよね。だから、たばこを吸う人はもちろんのこと、たばこを吸わない人も普段からなんとなく目にしていると思うんです。つまり、喫煙所は誰もが知るスペースということ。さらに災害時、駅前には帰宅困難者が集まり、公園には避難者が集まる。そんな災害時の拠点となる場所にある喫煙所に防災機能を備えていれば、いざというときにも受け皿になれる。大きな可能性を感じましたね」

永田さんは、JTのヒアリングをもとに“防災喫煙所”に必要な機能を精査。災害時に帰宅困難者を支援するスペースなのか、それとも救援・救護活動が行われるスペースなのか。もっとライトに防災啓発に特化してみてはどうか。様々なシチュエーションを想定して、防災喫煙所のあるべき姿を模索しました。

「イツモ」も「モシモ」もカバーする防災拠点

永田さんのサポートもあって、いよいよコンセプトも明確になっていきます。まず、外観は遠くからでも目を引くグリーンの配色に。一般的な喫煙所には見られない、“防災喫煙所”ならではの工夫です。

機能面では、「イツモ」(平時)と「モシモ」(有事)の両面を意識して、「プラス・アーツ」がこれまで培ってきた防災のノウハウを随所に散りばめました。たとえば、喫煙スペースには、壁面に防災情報を掲出し、平時から防災に関する知識や技を学ぶことができます。

今後設置予定の「防災喫煙所イツモモシモステーション」のイメージ。デジタルサイネージを併設し、有事の際には正確な災害情報を発信。また、壁面を活用した防災情報発信のほか、エリアニーズにあわせて、ソーラーパネル・防災備蓄等の実装も検討中。

「表示するコンテンツは、災害時における家族の安否確認方法やけが人の応急手当の方法などを考えています。いつもは、たばこを吸いながら『ふむふむ』と興味をもって見ていただけるといいですね。そして、いざというときにハッと思い出してマニュアル的に活用してくださるのが理想です」

有事の際には、サイネージの表示が自治体の災害情報に即座に切り替わります。場合によっては、避難場所への誘導メッセージを発信することも。また、ブランケットや携帯トイレといった防災グッズの備蓄も検討しています。

防災情報に使われているイラストは寄藤さん、コピーは岡本さんが担当。永田さんいわく「お二方の協力は必要不可欠。これまでの常識にはなかった突飛な企画にもかかわらず理解を示してくれた」のだとか。

そして構想から1年あまりが経過した9月1日、「防災の日」にちなんで「防災喫煙所イツモモシモステーション」がオープン。東京都墨田区(2か所)と大阪市北区(3か所)に設置され、それぞれのロケーションにあわせて防災の取り組みを推進します。完成形を目にした永田さんは「思わず感動してしまった」と話します。

墨田区に設置された防災喫煙所。外側に「避難場所」であることを伝えるグラフィックとステートメント、内側に墨田区ウェブサイトの防災情報へアクセスできるQRコードなどが記されている。
梅田の阪急グランドビルの一角に設置された防災喫煙所。通勤などで訪れる人が多い土地柄に合わせ「帰宅困難」「暮らしの防災」を中心に発信している。

「いざ設置する段階になると、壁面の素材を変えたり、設置場所のニーズを反映する必要があったりして、試行錯誤の連続でした。ただ、関係者の皆さんと協議を重ね、こつこつと積み上げてきた結果、構想段階よりもバージョンアップした喫煙所にすることができました。こうして防災喫煙所が完成し、社会にお披露目できたことはほんとうにうれしかったですね。また、防災喫煙所の中に掲示された防災情報パネルを改めて見て、この情報を多くの方々に見ていただき、災害時に備えていただきたい、災害時に活用いただきたいと強く思いました。プラス・アーツが喫煙所とコラボしたのは今回がはじめて。実物を目の当たりにすると、多くの地域に防災喫煙所をつくりたくなって、身が引き締まる思いがしました」

永田宏和(ながた・ひろかず)
防災プロデューサー
NPO法人プラス・アーツ理事長、デザイン・クリエイティブセンター神戸センター長
1993年大阪大学大学院修了。2005年、楽しく防災の知識や技を学ぶイベント「イザ!カエルキャラバン!」を開発後、プラス・アーツを設立。国内及び、中国、台湾、東南アジア、ネパール、中南米など海外での防災教育普及に取り組む。東京メトロ、三井不動産、無印良品、NHKなど企業・メディアの防災プロジェクトにも携わる。国際交流基金『地球市民賞』、JICA『理事長賞』受賞。TBS「情熱大陸」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビにも多数出演。

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