ひとの繋がりが創った喫煙所 ある公園の新たなストーリー

京都市の繁華街・新京極エリアにある「新京極公園」は、周辺でも珍しい喫煙所を設置している公園です。たばこを吸う人から重宝される一方で、たばこを吸わない人にとっては近寄りがたい雰囲気がありました。しかし、地元有志によるイベントをきっかけに、喫煙所を園内奥に移設。新たな憩いの場として、交流拠点として生まれ変わろうとしています。

たばこを吸う人たちばかりが集まる新京極公園を地域の交流拠点に

京都河原町駅から徒歩2分、専門店が立ち並ぶ新京極商店街の脇道に「新京極公園」はあります。一帯は路上喫煙禁止エリアとなっているため、たばこが吸える新京極公園は、たばこを吸う人たちの憩いの場です。しかし、以前までは入り口付近に喫煙所が設置されており、正直、たばこを吸わない人には近寄りがたい雰囲気がありました。

そんな新京極公園を地域の交流拠点として見出した男性がいます。都市緑化を通じたコミュニティづくりに取り組んでいる「東邦レオ」の勝谷拓朗さんです。2019年頃から着々と準備を進め、2度のイベントを成功に導きました。

「はじまりは、京都市さんから市内の公園の利活用について相談を受けたことです。新京極公園といえば、ひと昔前までは市民の方が安心して利用しにくい公園でした。しかし、まちの歴史や文化を調べてみるとポテンシャルを秘めていることが判明しました。かつて、公園周辺は松竹や日活、ピカデリーなどが集まる『劇場や映画館のまち』だったんです。こうした歴史的背景を地域の皆様からも伝えていきたい想いを聞き、新京極公園こそ利活用事業に最適だと考えました」

新京極公園プロジェクト実行委員会の取りまとめ役を務めた、東邦レオの勝谷拓朗さん。

京都市建設局みどり政策推進室の葉山和則さんは、新京極公園を利活用にするという提案に戸惑いを覚えました。できることが限られる小さな公園で、マナーの悪さも目立つため、ネガティブなイメージを抱いている方も少なくなかったからです。

「若者からお年寄り、観光客、たばこを吸う人・吸わない人、様々な人たちが訪れる新京極公園は、『多様性の街・京都』を体現するスポット。逆に言えば、様々な利害が対立する場所でもあります。最初は難易度が高いかなと思いましたが、勝谷さんの前向きな思いを聞いているうちに、だからこそ、様々な社会課題の解決が見えてくるのではとも感じ、腹を括りました」

京都市建設局 みどり政策推進室の葉山和則さん。様々な社会実験を通じて、公園の利活用に取り組んでいる。

「企画書は、あえてペライチ程度で余白のある内容にした」と勝谷さん。地域をよく知る人たちとアイデアを固めていくと、はじめから決めていたのです。そこで、街づくりを牽引している立誠自治連合会、新京極公園愛護協力会、中之町町内会、新京極商店街振興組合と接触。そこに吉本エリアアクションやJTも加わり、公民連携で協議を重ねていきました。

折しも、新京極商店街振興組合が「新京極通150周年記念事業」に本腰を入れはじめたタイミング。組合の販売促進広報委員長を務める西澤摩耶さんにとっては、好都合な申し出でした。

「振興組合のことを方々で調べまわっている人がいると聞いて、最初は訝しく思っていましたよ(笑)。ただ、実際に勝谷さんと会ったら、周辺の歴史についてよく学んでいるし、情熱を感じました。具体的な取り組みは決まっていませんでしたが、なにかおもしろいことが起こりそうな期待感はありましたね」

「プロジェクトを通じて、チャレンジする空気が広がってほしい」と、新京極商店街振興組合の西澤摩耶さん。

新京極公園でのイベントで見えた、喫煙所の可能性

プロジェクトが大きく動いたのは2021年6月、京都市が実施する「公民連携 公園利活用トライアル事業」がきっかけでした。民間企業から市内にある公園の活用方法を募る事業で、公園の魅力を引き出しながら地域の活性化の起点にするのが狙いです。

東邦レオが代表法人となり、事業に申請。新京極公園での屋外イベントを提案したところ、見事採択されます。イベントの開催にあたって「新京極公園プロジェクト実行委員会」も結成。そこには、前述の自治連合会や振興組合、JT、吉本エリアアクションなど、多彩な組織・団体が名を連ねます。

そして採択からおよそ4ヶ月後、「新京極 劇場・映画文化と未来の風景にふれる日」と題したイベントを開催。新京極通150周年記念事業とも連携して、11月6・7日、13日の3日間、街歩きツアーや写真展、マルシェ、トークセッションなどを行いました。

「新京極 劇場・映画文化と未来の風景にふれる日」で行われたトークセッション「ハイパー縁側@新京極」には、西澤さんも参加。

イベント開催中、公園入口にある喫煙所は閉鎖することに。かわりに公園のそばにある駐輪場に仮設の喫煙所を設置しました。ちょっとした工夫ですが、公園の雰囲気は一変。普段はあまり見かけない、ファミリーやカップルなどでにぎわいました。

「新京極 劇場・映画文化と未来の風景にふれる日」開催中は、駐輪場に喫煙スペースを設置。

「喫煙所ひとつでここまで変わるとは……」。そう話すのは、新京極公園愛護協力会の会長・小出浩孝さん。20年以上前から新京極公園を知る、地元のキーパーソンです。

「イベント開催時は新京極公園愛護協力会に所属していなかったので、皆さんの活動を遠巻きに眺めていました。なにか楽しそうなことをやっているなあ、と。公園の入り口から喫煙所を移設するだけで、人の流れもよくなるものなんですね」

新京極公園愛護協力会の小出浩孝さん。「公園の前を通ると、イベントのときの楽しさが蘇えってくる」と話す。

最終日のトークライブは、公園内のベンチがすべて埋まる盛況ぶり。喫煙所の運営に関する可能性も残しつつ、イベントはフィナーレを迎えました。

生まれ変わった新京極公園で2度目のイベントを開催

イベント第2弾にあたる「新京極夏まつり」は、参加団体も倍以上に増えて、さらにパワーアップ。
新京極通150周年記念事業とも連携して、「150年後に残したいまちの文化と公園の風景にふれる日」をコンセプトに掲げ、2022年8月19・20・21日、27・28日を開催日にあてました。

イベント期間中は、楽しい催しが目白押し。たとえば参加者がデザインした和蝋燭の行燈と竹灯りでライトアップされ、夜の公園が幻想的に彩られました。納涼コンサートも開かれ、子ども合唱団が新京極商店街のアーケード放送で流れている「まるたけえびす」やわらべ歌などを披露。さらに、同じ新京極エリアにある「ろっくんプラザ」では、伝統行事「地蔵盆」で見られる風習「ふごおろし」も復活しました。

小出会長は、新京極夏祭りから実行委員会に本格参加。「打ち合わせのたびに参加者がどんどん増えていった」と振り返ります。また、葉山さんは「行政だけでは、ここまでのイベントにはならなかった」と、手ごたえを感じています。

イベントの準備が進んでいる最中、東邦レオとJTはある計画を進めていました。それは新京極公園にある喫煙所の移設です。公園がより快適な空間になるように、近隣施設とも慎重に協議を重ねました。結果、喫煙所は園内奥のスペースへ移設することに。

喫煙所のパーティションに描かれたウォールアートは、吉本興業に所属する映画監督・宇治茶さんが手がけたもの。この人選には、西澤さんも強い思い入れがあるそうです。

「候補は何人かいましたが、宇治茶さんしかいないと思っていました。若さがあって今後の活躍も期待できるし、万人から親しまれる絵柄も魅力です。」

「新京極商店街は幅広い年代の人が訪れる。新京極公園もそういう場所になってほしい」と、西澤さん。

実行委員会の期待に応え、宇治茶さんは独自の世界観を作品に投影。「地域のレガシーを伝え続ける」をコンセプトに、新京極ならではの劇場・映画文化や歴史などをデザインに落としこみました。かつての劇場や映画館の場所もMAPに記され、街歩きの情報発信源としても機能しています。

新京極公園の過去と未来を描いた、宇治茶さんのウォールアート。

新しい喫煙所は、イベント開催直前に供用を開始。突如現れたウォールアートに、興味津々で、評判も上々。そのほか、「喫煙所からはみ出してたばこを吸っていた方も、不思議と喫煙所に入っていくようになりました。」といった声が寄せられました。

「イベントの開催も喫煙所の移設も、地域の方々で決めたこと。結果よりも、みんなで共創するその過程が大切なんです」と葉山さん。勝谷さんも今回のプロジェクトを次のように振り返ります。

「プロジェクトに関わる人々の活動がまちの風景になり、活動そのものが社会彫刻(アート)だと感じます。これも人の力があってこそ。この輪がどんどん広がっていってほしいですね」

喫煙所の改善によって、生まれ変わった新京極公園。新京極エリアの歴史に新たな1ページが加わりました。

勝谷拓朗(かつたに・たくろう)
東邦レオ株式会社 外空間サービスPJリーダー
2006年入社後、戸建屋上庭園・コミュニティ型分譲地事業に従事。現在では京都・大阪を中心に、人と人が触れ合うことで、生命力溢れる場づくりを実践する「コミュニティデベロップメント事業」に取り組む。新京極公園プロジェクト実行委員会では全体の取りまとめ役を務める。
葉山和則(はやま・かずのり)
京都市建設局 みどり政策推進室公園利活用企画課長
ゲーム会社での勤務を経て、2003年に京都市役所入庁。広報課に8年間在籍し、広報紙「市民しんぶん」や広報動画の運営に携わる。京都市美術館のリニューアルにも関り、ウェブサイトのリニューアルや公民連携による運営体制の構築に尽力。2020年から現職。
小出浩孝(こいで・ひろたか)
ダイアモンドビル 専務取締役/新京極公園愛護協力会 会長/新京極まち猫の会 会長
新京極公園北側にあるダイアモンドビルに勤務。施設の設備関連の業務に携わる。不幸な野良猫を増やさないために不妊去勢手術を行う「まち猫活動」にも取り組む。
西澤摩耶(にしざわ・まや)
新京極商店街振興組合販売促進広報委員長 / みやげ屋『京のふるさと』店長
小中高を京都市内で過ごしたのち、岡山県倉敷市の芸術大学に進学しガラス工芸を学ぶ。中退後、2001年渡仏。リヨンのエコールドコンデで空間デザインを学ぶ。後帰国、設計事務所に勤務するかたわら、児童絵画教室を主宰。退職後、現職に至る。

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