マネキンから光学迷彩まで! 斬新な「仕掛け」でマナー向上を狙う「仕掛学×喫煙所」とは

喫煙マナーの向上に取り組んでいるJTが「仕掛学×喫煙所」と題したプロジェクトを進めています。「仕掛学」とは、人の好奇心を利用して行動を促すフレームワーク。その先駆者である松村真宏教授が導き出した喫煙所は、これまでの常識を覆す斬新なものばかり! キラリと光るアイデアの数々に思わずうなります。

人の好奇心を掻きたてて、社会問題を解決に導く「仕掛学」

2018年10月、大阪府吹田市にある病院でユニークな試みが行われました。病院一階のロビーに足を踏み入れると、映画「ローマの休日」でおなじみの「真実の口」がお出迎え。来院者が恐る恐る口の中に手を差しこむとシュッ! と消毒用のアルコールが噴射される仕組みです。

病院に設置された「真実の口」。口に手を入れると消毒用アルコールが噴射される。

この「真実の口」は、手指衛生を推奨するキャンペーンで設置されました。それ以前、来院時に手指を消毒する人は全体の1%未満でしたが、設置後は20倍近い10%にまで急増したそうです。

このような、人がついしてみたくなる“仕掛け”を研究対象にしているのが「仕掛学」です。提唱者である大阪大学大学院の松村真宏教授は、現在JTと連携して仕掛学と喫煙所を融合するプロジェクトに取り組んでいます。いったいどのようなプロジェクトなのでしょうか?  その前に仕掛学の成り立ちを少し掘り下げてみましょう。

松村教授は、もともと人工知能を用いたデータ分析の研究をしていました。しかし、あるとき研究に限界を感じるようになります。

「研究を進めていくうちに、世の中のほとんどの事象がデータになっていないことに気づいたんです。データだけを対象にしていては研究できることも限られてくるし、ライバルも多いのでオリジナリティも出しにくい。それなら、自分にしかできない道に進んだ方がいいと考えるようになったんです」

転機が訪れたのは2005年頃、松村教授が大阪市内の動物園に遊びに行ったときのことです。通路を歩いていると、道端に設置されている「筒」に目がとまりました。望遠鏡のような造りが気になって、筒の穴をのぞいてみると――。

「のぞいた先にゾウのフンのレプリカがあったんです。これは動物の生息地の環境を再現した展示で、筒はそこに目を向けてもらうための仕掛けでした。見つけたときは『これはすごい!』と感動を覚えましたね。こうした事例を収集できれば、なにか新しい理論が確立できるのではないかと考えました」

その後、松村教授は10年近い歳月をかけて、1,000件近い仕掛けを収集。その原理を解明して、体系立てた「仕掛学」を打ち出しました。

約1,000件の事例から見えてきた、仕掛けを成功させる3つの基準

松村教授が提唱する“仕掛け”のコンセプトは、前述の「真実の口」のように「人々の行動を変えて問題解決」を図ること。よく行動経済学が引き合いに出されますが、こちらは人の経験則や先入観を利用します。一方の仕掛学は、人の好奇心を掻きたてて行動を促すことがポイントになります。

お笑い好きの松村教授。学生時代は、奇術研究会に在籍していた。

かといって、行動につながればなんでもOKというわけではありません。「これは一本とられた!」とつい膝を叩いてしまうのが、松村教授がいうところの「いい仕掛け」。逆に、「だまされた!」と不快にさせるのが「悪い仕掛け」だといいます。

仕掛学の定義にならうと「いい仕掛け」は、公平性(Fairness)・誘引性(Attractiveness)・目的の二重性(Duality of purpose)からなる「FAD要件」が決め手になるといいます。

「誰も不利益を被らない『公平性』、行動が誘われる『誘引性』、仕掛ける側の目的と仕掛けられる側の目的が異なる『目的の二重性』……、私が収集してきた事例のほとんどが FAD要件を満たしています」

FAD要件に照らし合わせると、松村教授が自宅で使っているホームベーカリーも仕掛けに当てはまります。朝、パンの焼きあがった香りで目が覚めるので誘引性は抜群。目覚まし時計代わりにもなるので、目的の二重性も満たされます。もちろん誰も不利益を被りません。このように意識して見ると、日常生活には仕掛けがあふれているのです。

「ついついマナーを守りたくなる」仕掛けを施した喫煙所

松村教授がプロデュースする「仕掛学×喫煙所」のプロジェクトが動き出したのは、2020年の11月頃から。プロジェクトの背景には、同年に施行された改正健康増進法があります。所定の基準を満たさない喫煙所が撤去されてしまったことで、屋外の喫煙所で人が集中したり、路上喫煙が増えたなどの報道が散見されました。以前から喫煙マナー向上に取り組んでいたJTは、松村教授の仕掛けに課題解決の糸口を求めました。

「JTの担当者の方から話を聞いて、喫煙所の外にはみ出してたばこを吸っていたり、吸い殻をポイ捨てしたりする人が一定程度いることを知りました。どうして、マナーを守れないのか。それは恐らく『誰かに見られている』という意識が足りないからだと思いました」

打開策として挙がったのが「ついついマナーを守りたくなる喫煙所」。松村教授とJTは、空間やプロダクトのデザインを手がける(株)船場、we+(ウィープラス)をプロジェクトに招き、アイデアの具現化に向け検討を進めています。

その結果、灰皿に対する仕掛けと喫煙所全体に対する仕掛けの2種類で展開することが決定。現在は「マネキンプラン」「パーティションプラン」「光学迷彩型プラン」の3案が進められています。

「マネキンプラン」は、喫煙所や灰皿付近に独特なポーズのマネキンを置いて、灰皿への関心を促すのが狙いです。

「マネキンプラン」

「パーティションプラン」で意識したのは、灰皿付近の人だかりから離れて喫煙している人たち。灰皿にパーソナルスペースを区切る仕切りを設置して、一定の距離を保てる空間を演出します。

「パーティションプラン」

「光学迷彩型プラン」はミラーを駆使して、喫煙所を透明化する案。一見すると景観に溶け込むような不思議なデザインにすることで、かえって周囲から注目を集めることになり、中でたばこを吸っている人たちもつい襟を正してしまう、という仕組みです。

「光学迷彩型プラン」

「以前にリリースした際のマネキンのポーズは、we+の方に全身タイツを着てもらって決めていきました。まだアイデアレベルですが、ああでもないこうでもないと、笑いの絶えない現場でしたね。仕掛けにはちょっとしたユーモアが必要になるので、まずは、仕掛ける側が楽しむことが大切です」

コントの一幕!? ではなく、マネキンのポーズを研究中。

今回のプロジェクトの一環として、松村教授はお笑い芸人のくっきー!さんとも対談。くっきー!さんから飛び出す奇抜なアイデアには、さまざまな事例を見てきた教授も舌を巻くほど。

「自由な発想に驚かされましたね。私はまだまだ真面目さが抜けていないな、と痛感しました(笑)。芸人さんからのアイデアは仕掛けとの相性もいいし、話題性もある。いろいろな可能性を感じましたね」

各プランは、いよいよ実証実験のフェーズに突入。2023年から順次、各地に設置していく予定です。「仕掛学×喫煙所」の実現に向けて、松村教授は次のように展望を話します。

「今回のプロジェクトが喫煙マナー向上に一役買ってくれることを願っています。また、これをきっかけに仕掛学のおもしろさを多くの人に知ってもらえるといいですね」

松村真宏(まつむら・なおひろ)
大阪大学 大学院経済学研究科教授。大阪大学、東京大学大学院を経て、2004年より大阪大学大学院経済学研究科講師に従事し、2017年7月より現職に至る。著書に『仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方』 『人を動かす「仕掛け」 あなたはもうシカケにかかっている』など。

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