「みんな北斎プロジェクト」とコラボレーションが実現 墨田区錦糸町・両国駅前の喫煙所がアートギャラリーに

JTは、墨田区観光協会とすみだクリエーターズクラブが共同運営する「みんな北斎プロジェクト」と連携して、錦糸町駅・両国駅前にある喫煙所をリニューアル。障がいのある方々の手がけた作品や、江戸の浮世絵師・葛飾北斎が残した「富嶽三十六景」などのデザインをパーティションに取り入れました。いったいどのような経緯で、このプロジェクトが実現したのでしょうか。プロジェクトを先導する墨田区観光協会理事長の森山育子さんと、「すみだクリエイターズクラブ」の三田大介さんに話を聞きました。

喫煙所のパーティションをデザインアートで飾る

2021年11月、 JR錦糸町駅北口とJR両国駅西口にある喫煙所にパーティションが取り付けられました。ただの分煙用の仕切りではなく、障がいのある人たちや漫画家・しりあがり寿さんによるデザインアートが隅々まで施されています。さらに、江戸を代表する浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」などの線画も散りばめられ、ちょっとしたギャラリーのよう。道行く人も足を止め、ひとつひとつの作品に見入っています。

じつは、両駅がある墨田区は北斎のふるさと。区内の亀沢地域が出生地とされており、この喫煙所はいわば“北斎ゆかりの地”を示すモニュメントでもあるのです。

JR錦糸町駅近くの喫煙所は、四ツ目通りに面した区画にある。

パーティションは、アートを通じた障がい者福祉事業「みんな北斎プロジェクト」の一環として設置されました。墨田区観光協会とすみだクリエイターズクラブは2021年度に墨田区からプロジェクトの運営を引き継いだばかり。新体制になって間もないこともあり、観光協会・理事長の森山育子さんも「手さぐりでのスタートだった」と話します。

「観光協会の理事長に就任した際、私はいくつかの目標を立てました。そのうちのひとつはわが街が誇る『北斎』を時代を越えて愛される観光資源にすること。また、観光と福祉のコラボとして障がいのある人たちが観光を通じて収入を得られる仕組みをつくること。この2つの要素をかけあわせて、プロジェクトに活かせないかと考えたのです。そこで思いついたのが、障がいのある人たちに『北斎』を題材にした作品をつくってもらうことでした」

「墨田区と北斎の関係は意外と知られていない」と森山さん。

森山さんはこのアイデアをもって、墨田区の地域活性化に取り組んでいるモアナ企画の三田大介さんに相談を持ちかけました。三田さんは、区内に拠点を置くクリエイター集団「すみだクリエイターズクラブ」(通称:クリクラ)に所属しているほか、福祉作業所でのものづくりをサポートする「すみのわ」プロジェクトのコーディネーターも兼任。「みんな北斎プロジェクト」にも立ち上げ当初から携わっています。

作品づくりにあたって、福祉施設との連携を考えていた森山さん。しかし、現場をよく知る三田さんはこのアイデアに消極的でした。一歩踏み出せなかった理由を次のように話します。

「福祉施設の利用者が、みなアートに触れているわけではありません。そんな人たちに『北斎を題材に作品をつくってほしい』とお願いしても、どこまで応じてくれるか……。その一方で、創作意欲のある利用者を発掘するチャンスでもあると思い、内心は揺れていました」

三田さんは「絵を描いた皆さんのご家族からも評判」と語る。

そのように諭され「たしかに“ムチャぶり”だった……」と省みる森山さん。このままプロジェクトも宙ぶらりんになるかと思いきや、予期せぬタイミングでJTから相談を持ちかけられます。

「錦糸町駅・両国駅前の喫煙所に立てるパーティションに壁画を施したいので、クリエイターを紹介してほしい、という思いもよらない内容でした。さっそく『みんな北斎プロジェクト』として協力を申し出たら、担当者の方も乗り気になってくれたんです」

今後の展開に意欲を燃やす森山さん。

「渡りに船」とは、まさにこのこと。JTが協賛企業として参画したことで、プロジェクトが動き出します。森山さんと三田さんも「とにかく挑戦してみよう!」と腹をくくって、企画をさらにブラッシュアップ。区内にある福祉施設の利用者に「好きなもの」を描いてもらい、その作品をパーティションに利用することが決まりました。

みんなの好きなものが結集した、現代の浮世絵巻が完成

森山さんたちは、福祉施設で作品づくりのためのワークショップを開催。過去にプロジェクトの監修を務めた、しりあがり寿さんもその場に立ち合いました。はじめは遠慮がちだった参加者も、しりあがり寿さんが率先してペンを走らせると、やがて画用紙に向き合うように。森山さんは「しりあがりさんは、やる気を引き出すのが上手い。皆さん、のびのびと描いていました」と振り返ります。

ワークショップの様子。なかにはプロ顔負けの参加者も。

ワークショップの分と、各福祉施設から送られてきた分を合わせると、およそ200点の作品が集まりました。題材はじつに多彩で、河童、見返り美人、ソフトクリーム……と、素直な筆致に作者の思いがあふれています。これらの作品を墨田区観光協会やクリクラ、JT、しりあがり寿さんなどがチェックして、68点に絞りこみました。

各福祉事業所から集められた作品。
作品を机にずらっと並べ、採用作品を選ぶプロジェクトメンバー。

パーティション用のデザインに仕上げるのは、クリクラのメンバーが担当。障がいのある人たちの作品のほか、しりあがり寿さんの作品や線画に加工した「富嶽三十六景」などを上手く組み合わせて、ひとつの大作にまとめあげました。題して「みんな北斎 浮世絵巻」。森羅万象を描き続けた北斎のマインドを見事に表現しています。

「みんな北斎 浮世絵巻」のイラスト全体図。

「みんな北斎 浮世絵巻」は、透明のパーティションに印刷されました。防犯上の都合ではありますが、三田さんは居心地のいい空間づくりに奏功しているといいます。

「透明のパーティションに線画がのると、適度な透け感で空間を仕切ることができます。喫煙スペースの圧迫感もなくなるし、無機質な壁で街の景観を損なうこともありません」

喫煙所の完成を契機に、次のステップへ

「みんな北斎 浮世絵巻」は喫煙所のデザインにとどまらず、今後も様々な場面で活用される予定です。たとえば、墨田区観光協会が販売しているおみやげの箱にデザインされたり、観光プロモーションカー(移動型案内所)のラッピングデザインにアレンジしたり。森山さんのアイデアは尽きません。

「墨田区の産品とコラボした『すみだみやげ』の開発も考えています。 障がいのある人たちの支援はもちろんのこと、街の魅力発信のためにも活用していきたいですね」

「みんな北斎 浮世絵巻」を活用した「すみだみやげ」のパッケージデザイン。

三田さんもまたプロジェクトのさらなるステップアップに意気込んでいます。

「今回のプロジェクトによって、街の人たちもアートを身近に感じるようになると思います。障がいのある人たちにとっては、地域との接点が生まれるいいきっかけになったことでしょう。喫煙所という限られた空間だけでも、これだけおもしろいことできる。このプロジェクトには、まだまだ可能性を感じます」

みんなが力を合わせて生まれ変わった喫煙所――、墨田区の新名所になる日もそう遠くなさそうです。

森山育子(もりやま・いくこ)
一般社団法人墨田区観光協会理事長。アパレル業界や放送業界を経て、2018年より現職。協会の財政基盤の立て直しを進めるほか、地場産業を活かしたツアーやコーディネイト事業の立ち上げにも取り組んでいる。
三田大介(みた・だいすけ)
すみだクリエイターズクラブのコーディネーター、プランナー。有限会社モアナ企画取締役。墨田生まれ墨田育ち。墨田区の福祉施設の商品づくりプロジェクト「すみのわ」コーディネーターや墨田区商業コーディネーターなどを兼務。

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