テーブルマーク
こども大会 OB紹介
2026/07/03 公開
第9回 服部慎一郎さん2011年度北陸・信越大会
高学年部門優勝
念願の「JTプロ公式戦」初出場を果たした服部慎一郎さんは、2011年度に「将棋日本シリーズ こども大会」北陸・信越大会(当時)に出場し、高学年の部で優勝。
今回のインタビューでは、将棋を始めたきっかけから、「将棋日本シリーズ こども大会」の思い出、プロを目指したきっかけなどを語っていただきました。
こども大会への参加を考えている皆さんへのメッセージもいただきました。最後までぜひお読みください!
- 本記事は2026年4月時点のインタビューに基づいたものです。
- 大会名は2012年より「将棋日本シリーズ テーブルマークこども大会」に改称。
インタビュー 服部慎一郎さんと『将棋日本シリーズ』
ゲームやサッカーが好きだった服部少年。初めて出場した「将棋日本シリーズ こども大会」では、忘れられないような悔しさを味わいました。しかしその経験が、強くなろうと思うきっかけとなりました。

悔しかった初めての大会
強くなりたいと思った
将棋は小学1年生のときに父から教わりました。気がつけば将棋があったという感じでしょうか。すぐに将棋に熱中したわけではなく、数年は父と指したり、地元のコミュニティーセンターに行って指したりという具合に、ひとつの遊びとして楽しんでいました。将棋だけでなく、昆虫のカードゲームやテレビゲームにも熱中していましたし、サッカーでもクラブチームに入り、アクティブに色々とやっていました。
時々、父と将棋を指していたものの、ルールを知っている程度で、なんとか最後まで指せるくらいの棋力でした。転機となったのが小学3年生のときで、担任の先生から「将棋日本シリーズ こども大会」のパンフレットをもらったのがきっかけでした。初めて「将棋日本シリーズ こども大会」に出場したときは、年下のこどもにコテンパンに負かされてしまいました。それが悔しくて、負けたことで嫌になってやめてしまうのではなく、もっと強くなりたいと思って、本格的に将棋を始めることになりました。
そこから、近所の有段者のおじさんに教わるようになりました。そこでもコテンパンに負かされて、厳しく指導されました。ほとんどが実戦の指導で、駒落ちから始めたと記憶しています。対局が終わったあとは、駒のうまい使い方や手筋を教わり、それがとても勉強になりました。将棋の勉強法はいろいろありますが、こどものころは実戦がほとんどでした。小学5年生になると、「さらに強くなりたい」と思い、日本将棋連盟の研修会に入り、月に2度、関西将棋会館のある大阪に通うようになりました。

大きな会場と将棋仲間
最後のチャンスで憧れの舞台に立つ
初めての「将棋日本シリーズ こども大会」の思い出は、悔しいことばかりではありませんでした。富山には同世代で将棋を指すこどもが少なかったので、大きな会場にたくさんの参加者がいて驚きました。そしてやはり、将棋がたくさん指せたことがすごくうれしかったですね。
練習将棋コーナーの対局数や勝敗によって、駒型消しゴムをもらえるのもうれしくて、すべての種類を集めようと思って頑張りました。「将棋日本シリーズ こども大会」の決勝戦も観戦し、同じ小学生のこどもが袴を着て対局している姿を見て、自分も同じようにあの舞台で対局してみたいなという気持ちになりました。
「将棋日本シリーズ こども大会」には、小学3年生から6年生まで4年間出場しました。小学4、5年生のときは優勝を狙っていたのですが、決勝までいくことができなくて悔しい思いをし、最後のチャンスの6年生では決勝まで進むことができました。ずっと目標だった舞台で袴を着て対局でき、優勝することができたことは大切な思い出として記憶に残っています。
決勝対局は、まるで一瞬の出来事のようでした。緊張するかなと思ったのですが、いざ対局が始まってしまうと盤上に集中することができました。棋士の先生が自分の対局を解説してくださるというのも貴重な機会でしたので、とてもうれしかったです。

棋士を目指して大阪に引っ越し
自分から動くことの大切さ
強くなるにつれて棋士になりたいという気持ちが強くなり、中学2年生のときに、関西奨励会に入会しました。周りの奨励会員を見ると年下の人が多かったような気がしますが、絶対に棋士になるという強い気持ちを持っていました。
中学3年生のとき、両親が「将棋に集中するのなら将棋会館の近くに住んだほうがよい」と言ってくれて、大阪に引っ越しました。両親にはこどもの頃からいろいろな将棋大会に連れて行ってもらいましたし、家族の支えがなければ将棋を続けられなかったと思います。そんな感謝の思いもあり、1日も早く奨励会を抜けて棋士になりたいという気持ちがいっそう強くなりました。
大阪に引っ越すと、関西将棋会館の中にある「棋士室」に通うようになりました。そこは棋士の先生や奨励会の方が将棋を指したり、棋譜を並べたりして勉強する部屋で、長い机に将棋盤が並んでいるのですが、将棋を指しているのは棋士や奨励会の有段者の人ばかりでした。
対局をただ後ろの方で立って見ているだけの4級だった私を変えてくれたのは、こどもの頃から憧れの存在だった山崎隆之九段の「自分から声をかけないとダメだよ」という言葉でした。まだ弱かったので、「将棋を教えてくださいと言っても相手にしてもらえないんじゃないか……」という不安がありました。
勇気を出して声をかけてみると、先輩の皆さんが優しくそれに応じてくださいました。それからは先輩と練習将棋を何局も指していただくことができ、強くなることができました。“待つのではなく、自分から動かないと何も始まらない”ということが非常に大きな学びとなりました。
ヒストリー 服部さんの今日までのあゆみ

生まれてから今日までの服部さんの輝かしい軌跡を年表にまとめました。
- 1999年8月、富山県富山市で誕生
- 2008年小学校3年生の頃に本格的に将棋を始める
- 2011年「将棋日本シリーズ こども大会 北陸・信越大会」高学年部門で優勝
- 2013年奨励会入会
- 2020年四段に昇段、プロ入り
- 2021年「加古川青流戦」優勝
- 2022年五段に昇段、「新人王戦」優勝
- 2023年新人賞・最多対局賞を受賞、六段(竜王ランキング戦連続昇級)に昇段
- 2024年「新人王戦」2回目の優勝
- 2025年七段(順位戦B級1組昇級)に昇段、勝率一位賞を受賞、「新人王戦」3回目の優勝
- 2026年棋聖戦でタイトル初挑戦
キャラクター 服部さんのパーソナルデータ
- 服部慎一郎さん
- 1999年8月2日生まれ
O型 - 富山県富山市出身
- 父・母・姉の4人家族
気になるところをタップしてね

- 身長
- 172cm

- 右利き
- 足のサイズ
- 26.5cm
- 好きな
食べもの - フライドポテト
- 対局時の
服装のこだわり - 直感で選ぶ

- 特になし
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服部さんから
参加者へメッセージ
「将棋日本シリーズ こども大会」では同世代の人たちとたくさん対局できますし、やはり駒型消しゴムをもらえることもうれしいポイントだと思います。決勝戦は壇上で「JTプロ公式戦」と同じような形式で指せて憧れの場所にもなりますし、それに向かって努力することの大切さを知る機会にもなります。勝ち負けも非常に大事なことですが、参加される皆さんにはまずは将棋を楽しみながら1局でも多く指してもらい、どんどん将棋を好きになってもらえたらと思っています。
「JTプロ公式戦」出場棋士インタビュー
「JTプロ公式戦」出場経験のある棋士へのスペシャルインタビュー。
「JTプロ公式戦」にかける想いをインタビューするとともに、過去の「JTプロ公式戦」で印象に残った対局の解説、将棋ファンの皆さまへのメッセージ動画も掲載しています。ぜひご覧ください。