テーブルマーク
こども大会 OB紹介

2026/07/24 公開

第10回 八代 弥さん2005年度静岡大会高学年部門準優勝

念願の「JTプロ公式戦」初出場を果たした八代 弥さんは、2005年度に「将棋日本シリーズ こども大会」静岡大会(当時)に出場し、高学年の部で準優勝。

今回のインタビューでは、将棋を始めたきっかけから、「将棋日本シリーズ こども大会」の思い出、プロを目指したきっかけなどを語っていただきました。

こども大会への参加を考えている皆さんへのメッセージもいただきました。最後までぜひお読みください!

  • 本記事は2026年4月時点のインタビューに基づいたものです。
  • 大会名は2012年より「将棋日本シリーズ テーブルマークこども大会」に改称。

インタビュー 八代 弥さんと『将棋日本シリーズ』

2003年度から2005年度にかけて「将棋日本シリーズ こども大会」静岡大会に出場し、2005年度に高学年の部で準優勝を果たした八代少年。
そんな八代少年が将棋を始めたきっかけやプロを目指したきっかけなどを聞きました。

家の引っ越しが将棋を始めるきっかけに

将棋のルールを覚えたのは小学1年生のときです。家族で引っ越しの荷物をまとめていたとき、偶然将棋盤が出てきたんです。父は学校の教師をしていたのですが、それは授業用に自分で作った板の将棋盤でした。父が「懐かしいな。将棋を教えてあげるよ」と言ってくれたのが、将棋を始めたきっかけです。もし違うゲームの道具が出てきていたら、別の道に進んでいたかもしれません。

父に教わっていましたが、いつも一緒に将棋ができるわけではなかったので、将棋の本を買ってくれたりといろいろな教材を用意してくれました。教材を盤に並べて色々と試してみたり、テレビの対局を見ながら知識をつけていました。好きでやっていただけで、自分が強くなったという感覚はなかったです。インターネットで対局をする環境も整っていなかったので、ほかの棋士の方々とは環境が全然違ったと思います。
ただ、将棋だけで遊んでいたわけでもなく、小学校低学年の頃は外で遊ぶのも好きでした。家の周りは雑木林に囲まれていたので、弟とよく遊んでいました。学校でも放課後に残って、ドッジボールやサッカーを下校時間ぎりぎりまでやっていましたよ。

旅行気分で出場した「将棋日本シリーズ こども大会」

「将棋日本シリーズ こども大会」には4年生から6年生の3回出場しています。当時は公文杯小学生将棋名人戦や全国小学生倉敷王将戦を知らなくて県大会に出たこともなかったんですけど、「将棋日本シリーズ こども大会」は親がどこかで情報を知ったようで「将棋が好きなら出てみるか」と誘ってくれました。実家から大会の会場まで2時間くらいかかりましたから旅行気分でした。こども大会に出るのは、旅行ができるうえに将棋を指せるという、贅沢で楽しみな日でした。

初めて出場したときは、わりとすぐに負けてしまいました。地元の大会と違って、参加者がたくさんいましたし、強い子も集まっていて緊張感もありました。現在のキャッチコピー「好きな将棋を、好きなように、好きなだけ」の通り、負けても自由対局でたくさん指せるのが魅力で、私も駒型の消しゴムを未だに持っていますよ。母に「そろそろ帰ろう」と言われるほど、たくさん指したのを思い出します。

6年生の時は決勝に進出することができました。当時のこども大会は2日間にわたって開催されていて、決勝戦は2日目で「JTプロ公式戦」と同じ日に指したのを覚えています。決勝に進んだことで「JTプロ公式戦」のレセプションにも出席させていただき、対局者だった佐藤康光棋聖(当時)と郷田真隆九段と一緒に記念写真を撮ることができ、サイン色紙をいただけたのは良い思い出です。ただ、決勝戦は負けてしまったので、会場に連れていってくれた父の前でいいところを見せたかった気持ちを覚えています。

家族や地元の方のサポート

しばらくは父と指していましたが、小学4年生の頃には地元の将棋教室に通うようになりました。そこで日本将棋連盟の支部の方と出会って、「君は強くなるよ。もっと将棋を指したかったら、道場があるよ」と誘ってもらいました。地元の大会に、後に師匠になる青野照市九段が審判長として出席されていて、その出会いから自分の中で将棋への熱意が急に高まりました。

地元の道場で父以外の方に教わるようになってから半年くらいで「奨励会に入りたい」と口にするようになりました。ただ、その道場ではご高齢の方が多くて、こどもは私だけで、ライバルになる存在もいなかったので、同世代の中で自分がどのくらい強いのかを知る方法がありませんでした。奨励会に入るための棋力もわからない状態でした。
小学5年生で奨励会試験を初めて受けたときに、自分よりも強い子が全国にこんなにたくさんいるんだと知って、カルチャーショックを受けたのを覚えています。

試験の対局中に、自分は力が足りないとこどもながらに痛感してショックでしたね。
そのときは「合格は難しい」と言われましたが、普段とは違う環境の将棋会館でみんなと交じって指すのは雰囲気に慣れることにも繋がり、2回目の試験で受かることができました。

父は将棋を知っていても有段者ではありませんでしたし、母もあまり知識がなかったので、どういう面を支えたらいいのか父も迷ったと思います。周りの将棋に詳しい方たちの助言を活かせる環境を整えてあげようという感じだったと思います。家族だけでなく、地元の方から色々とサポートいただけたことに大変感謝しています。

ヒストリー 八代さんの今日までのあゆみ

生まれてから今日までの八代さんの輝かしい軌跡を年表にまとめました。

  • 19943月、静岡県賀茂郡で誕生
  • 2000小学校1年生の頃に将棋を始める
  • 2005「将棋日本シリーズ こども大会 静岡大会」
    高学年部門で準優勝
    奨励会入会
  • 2012四段に昇段、プロ入り
  • 2015五段に昇段
  • 2017「朝日杯将棋オープン戦」優勝、六段に昇段、新人賞を受賞
  • 2019七段に昇段
  • 2025八段(七段昇段後公式戦190勝)に昇段

キャラクター 八代さんのパーソナルデータ

八代 弥さん
199433日生まれ
A
静岡県賀茂郡出身
父、母、弟、妹の五人家族

気になるところをタップしてね

身長
168cm
利き手
右利き
好きな
食べもの
焼鳥
対局時の
服装のこだわり
気分が上がる服を
前日に選ぶ
脚のしびれ対策
特になし

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八代さんから
参加者へメッセージ

将棋は勝負事ですから勝つ人と負ける人が必ず出ますが、楽しく指せるのが魅力のゲームです。楽しむ気持ちを忘れずにやってほしいです。
これだけの大きな大会はあまり経験することのない環境だと思います。それを大事な体験として、将棋以外の場所でも生かしてもらえたらうれしいです。

「JTプロ公式戦」出場棋士インタビュー

静慮の棋士~JT杯覇者への道~ 八代 弥

「JTプロ公式戦」出場経験のある棋士へのスペシャルインタビュー。
「JTプロ公式戦」にかける想いをインタビューするとともに、過去の「JTプロ公式戦」で印象に残った対局の解説、将棋ファンの皆さまへのメッセージ動画も掲載しています。ぜひご覧ください。