羽生善治九段インタビュー

不戦勝になった大山康晴十五世名人とのJTプロ公式戦

JTプロ公式戦には1990年の第11回から出場させていただいています。第12回で初優勝した時のことはもちろんよく覚えています。決勝戦は静岡市で行われ、対戦相手は大先輩の有吉道夫先生でした。有吉先生は百戦錬磨ですから、対局前もとてもリラックスされて落ち着いた様子だったのが印象に残っています。JTプロ公式戦は持ち時間が非常に短い棋戦でもあるので、その短い時間の中で集中して臨もうと思っていました。無我夢中で指していたので、対局が終わった時は優勝した喜びより、ほっとしたというか、やっと緊張が解けた感じでした。

翌年の第13回はやはり静岡市で行われる予定になっていた大山先生(大山康晴十五世名人)との対戦が、大山先生が亡くなったことによって私の不戦勝になりました。代わりに中原先生(中原誠十六世名人)と記念対局をした記憶があります。私は大山先生に公式戦で8局教えていただきましたが、大山先生との対局は盤上の勝負以外にも勉強になるところがたくさんあって、それをとても楽しみにしていました。その対戦が実現できなかったのは残念です。JTプロ公式戦の対局は全国各地で開催されますが、私の場合は不思議に静岡市に縁があります。他と比べてずっと多い。それも印象的です。

誰ひとり予測できなかった一手

1993年の第14回JTプロ公式戦にも思い出があります。郷田さん(郷田真隆九段)と福岡県で対戦したのですが、私が飛車を振って居飛車対振り飛車の対抗形になり、その途中で封じ手クイズがあったんです。

仕掛けの始まる直前の場面で、先手は▲2四歩と突き捨てる一手と解説されていたんです。だから会場のお客さんたちはみなさん、その「▲2四歩」を回答用紙に書いた。ところが、郷田さんの指し手は「▲7五歩」で、当然と言われた「▲2四歩」ではなかった。普通なら▲2四歩△同歩▲7五歩とするところを、郷田さんが手順を変えて▲7五歩を先にしたんですね。封じ手が開封された瞬間、「えーっ」というどよめきが上がったのを覚えています。正解者ゼロ(笑)それが印象に残っています。

2019年度 JTプロ公式戦出場時

とっさの対応力が要求されるJTプロ公式戦

JTプロ公式戦は長時間のタイトル戦とは対極にある短時間の棋戦です。そこで戦うには迷わず指すことが大切です。そうはいっても、JTプロ公式戦には考慮時間が5回あるので、考えるときは集中して考える。メリハリをつけることが大切です。また、同日、同会場でテーブルマークこども大会が開催されており、JTプロ公式戦はこども大会の終了を待ってから対局が始まるので、その間の過ごし方が大切になります。舞台裏でこども大会の様子を聞いていることもあります。

JTプロ公式戦の公開対局は気合いが入り、気持ちよく対局することができます。たくさんの人に見ていただけるのは非常にありがたいことです。ただ、短時間の対局でいつも集中を保つのは難しく、事前の準備も大切だと思います。長い持ち時間の対局だと、意外な手を指された時は時間を使って対応を考えることになりますが、時間の短いJTプロ公式戦ではとっさの対応力が要求されます。そこが早指しのこつといえば、こつですね。

公開対局では解説者が対局者の隣で解説していますが、解説者もプロですから助言になるようなことや勝敗を示唆するようなことは言いません。対局中、隣で話していることは耳には入ってきますが、それほど気になることはありません。終局が近づくと、解説者も静かになるので、その雰囲気がお客さんにも伝わっているのかなと思います。

2019年度 テーブルマークこども大会の様子

自分も出たかった「テーブルマークこども大会」

毎回たくさんのお子さんたちがそろって将棋を指す風景は壮観です。近年、JTプロ公式戦に出場する棋士のなかには「テーブルマークこども大会」の出場経験者が増えています。2023年の出場棋士では、藤井聡太JT杯覇者、永瀬拓矢王座、菅井竜也八段、斎藤慎太郎八段の4人が「テーブルマークこども大会」の出場経験者です。

小学生と言っても、その子たちが7~8年後にはプロになるかもしれない。そうした例が将棋界では多い。強いこどもたちがたくさん集まるのは、それだけ大会が魅力的だからでしょう。そうした中から、その4人の方たちが出てきたのもうなずけます。自分がこどものころ、テーブルマークこども大会があったら、絶対に出場します。100パーセント出ますね! 何か所も行ったかもしれない(笑)。

こどもたちへ。自身の気持ちを大切に、個性を出して将棋を楽しもう

将棋は礼に始まり、礼に終わるゲームです。だから、あいさつはきちんとしましょう。将棋には取った駒を自分の味方として再使用できるという、独特のルールがあります。それが将棋をおもしろくし、奥深くしています。ですが、決して難しいゲームではありません。

年齢を問わず誰でも楽しめるのが将棋の魅力。ルールさえ守れば、どんな手を指してもいい。そこが将棋の良いところなので、自分でこういう手を指したいとか、こういう形を作りたいとか、そういう気持ちを大切にして、個性を発揮してほしいと思います。また会場でみなさんとお会いできるのを楽しみにしています。

プロフィール

羽生善治(Yoshiharu Habu)

  • 1970年9月27日、埼玉県生まれ。12歳で奨励会に入会、1985年にプロデビューし、史上3人目の中学生棋士となる。
    竜王7期、名人9期など獲得タイトル合計99期。
    JTプロ公式戦への出場は史上最多34年連続を記録。
    ※2023年5月時点