みたばこ全盛の江戸時代は、キセルがなくてはたばこが吸えなかった。そのキセルは、長さや太さ、形、材質などにさまざまな違いがあって、愛煙家は懐と相談して、それぞれ好みのものを所持していた。
一般的なキセルの材料は、刻みを詰める先端部の雁首(がんくび)と吸口の部分が真鍮などの金属で、その間をつなぐ部分の羅宇(らう)が竹で出来たものが多かった。ところが、雁首・羅宇・吸口を全部1本の銀の延べ板で作った「銀延べキセル」もあって、大店(おおだな)の若旦那などが、通ぶって持ち歩いたりした。キセル1本まるごと銀というだけに、高価だったことはいうまでもない。庶民には高嶺の花、持ち主には羨望のまなざしが集まった。
そんな高価なキセルが目立つように、雁首を上に突き出すような形にくわえるポーズが「銀煙管脂下がり」である。雁首を上向きにしてたばこを吸うと、たばこの脂(やに)が吸口の方へ下がってくるから、たばこの味は決してよいとは言えない。しかし、ちょっと気どった感じを出したい時、粋がってこんなスタイルでたばこを吸ったらしい。傍から見れば「高慢ちき」と映ることも承知の、ややツッパリ気味の喫煙ポーズである。
「脂下がる」は、ここから転じて、「いい気分になって、にやにやする」の意味にもなり、「女性にちやほやされて、やに下がっている」などの表現も生まれた。
ところで、昔、銀無垢(ぎんむく)どころか金無垢のキセルを惜しげもなく他人に与えた殿様がいた。その殿様とは加賀藩前田家十二代の藩主・前田斉広(なりひろ)公、拝領した幸せ者は江戸城の数寄屋坊主・河内山宗俊(こうちやま
そうしゅん)。どうして、そんな高価なキセルを宗俊が拝領することになったのか───その顛末は芥川龍之介の短編『煙管』に。
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