哲学者 内山 節さん
立教大学池袋キャンパスにて

インタビュー

森と人間との関わり(全2回)

哲学者 内山 節さん

森林が国土の多くを占める日本。人々は森を敬い、共に暮らし、農業や祭事など日々の生活や文化にも深く溶け込んでいました。しかし近年は、そうした関係性に変化が生じているようです。
立教大学の池袋キャンパスに、哲学者の内山節先生を訪ねました。内山先生は、上野村で畑を耕し、山の作業を行い、森を散策しながら、森と人間との関わりを中心に独自の哲学論を展開していらっしゃいます。内山先生に、森の営みや文化について、そしてそれを残すには人間はどうしたらよいか、お話をうかがいました。

  • 第1回
  • 第2回

森と人を結ぶ、新たな絆

多様な環境がある森が理想的

―どのような森がよい森なのでしょうか?

色々な森があった方がよいと考えています。というのも、薄暗い森を好む動植物もいるし、明るく草原のような森を好む動植物もいる。多様な環境がある森がよい森だと言えるのです。

―よい森をつくっていくのに人間はどうすればよいのでしょうか?

全体と個別の話があると思います。ある人が林業経営のために杉を植えることは問題ないが、森全体が杉になってしまうと大変。それぞれの人が自分で考えて森と関わっていき、全体としては色々な考え方があって、結果として多様な森が生まれるというのが理想的です。

―理想どおりにいくとは限らないですよね。

そうですね、理想どおりにはいかないことが多いです。どうしても皆が一つの同じことを追い求めてしまい、杉だらけの森が出来てしまうということも起こりえます。そういうとき、どこで歯止めをかけるかが非常に重要で、そこに信仰も関わってきます。つまり、山の神様が暮らす場所はそのままにしておこうなどと。かつては、信仰を介しながら森の多様性を維持してきたと言えるのです。

木材需要が足りない

―現在の森における課題を教えてください。

現在は木材価格が安いからという理由もありますが、森の木を伐らなくなった。もっと言うと木の利用方法がなくなったということです。政府も参考にしていると言われる林業再生プランでは、効率よく木材を供給することを目指しているが、現状で国産材の価格は需要と供給が合ってしまっているので、需要をつくり出さずに供給を増やしたら木材価格は更に下がってしまうのです。

―国産材の使い道が少ないのですね。

例えば、自分でも東京で生活するときはほとんどマンションで暮らしていますが、マンションはもちろん木造ではなく、薪や炭を使うこともできないので、マンション生活の中では木を使う機会がとても少ないのです。一戸建ての場合も昔と変わってしまいました。かつては家族が増えたりすると、家を増改築するので、ゆっくりと木を使いながら、100年くらいもつ家をつくってきましたが、今は敷地が狭く、子どもも家を継ぐとは限らないので、家の利用年数が25年くらいしかない。そういう意味で、今は森を放棄している時代と言えます。森を壊さないために最低限やらなければいけない間伐を実施しているだけです。

ただし、間伐を実施するだけでは例えば草原は生まれず、多様な森を形成することはできません。今後は、どうすれば森林利用の多様性をつくれるか、需要の多様性をつくれるかということが非常に重要です。森を守るためには、ある程度森を利用していかなければならないのです。

―国産材の需要をつくり出すにはどうすればよいのでしょうか?

簡単なことではなく、大げさに言うと現代の生活形態や社会形態をすべて論じないと結論は出てこないと思います。木を利用するのに適したタイムスパンと現代人のタイムスパンが違い過ぎる。現代の社会はまったく余裕のない社会なのです。人間はどのような暮らし方をするべきなのかということに結びついているのです。間接的には森と共に生きることに繋がりますが、木を利用しながら木と共に生きる道を取り戻していく必要がありますね。

田舎を持つ都会人を育てる

―今後我々はどのように森と関わっていけばよいのでしょうか?

都市も森がある田舎も単独では生きていけません。都市にとっては、生産者である田舎が必要だし、田舎にとっても消費者である都市が必要。つまり、都市と田舎の結びつきが重要なのです。既に商品を通じて間接的には繋がっているのですが、もっと人間同士の結びつきが生まれてくるといいのではないかと。

―具体的にはどのような結びつきが可能でしょうか?

かつては、都会に住んでいても自分の生まれ育った田舎がありましたが、今の都会人は都会で生まれて、都会で育っています。そういう意味で自分の本当の田舎ではないかもしれませんが、旅先で訪れた田舎でも、きっかけはなんであれ、自分の付き合う田舎を持つといいと思います。そこに定期的に通って、そこに住む人々に森との付き合い方を少しずつ教えてもらうような結びつきができるといいですね。普段は都会に住んでいるけど、何かあったら田舎に駆けつけるというような。

―自分の付き合う田舎を持つというのは面白いですね。

そのためには、自分が付き合う田舎を持てるような仕組みづくりが重要です。自然の時間スケールで考えると、100年くらいは続く仕組みをつくっていかなければならないかもしれません。ある人がある田舎と付き合った後に、その人の仲間なのか、子どもなのか、行政なのか、誰でもいいのですが、その関係を続けていってくれるような仕組みが必要だと思います。一度自然と関係を持ったら、人間の都合で投げ出されては困りますからね。

内山 節(うちやま たかし)

内山 節さん プロフィール

内山 節(うちやま たかし)
立教大学大学院教授、特定非営利活動法人森づくりフォーラム代表理事。1970年代から現在まで、東京と群馬県上野村との往復活動を続けている。森や自然に関係する主な著作に、『自然と人間の哲学』(岩波書店)、『自然・労働・協同社会の理論』(農山漁村文化協会)、『森にかよう道』(新潮社)、『森の旅』(日本経済評論社)、『森の列島に暮らす』(コモンズ)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社)など。
内山 節さん インタビューINDEX
第1回 森と育んだ文化を守るために
第2回 森と人を結ぶ、新たな絆