陸前高田市ブランド米「たかたのゆめ」

陸前高田市ブランド米「たかたのゆめ」とは、JTが開発・保有していた品種「いわた13号」を、岩手県陸前高田市の復興支援を目的として、同市に寄贈したオリジナルのブランド米です。JTグループでは復興支援の取り組みの一環として、陸前高田市と「たかたのゆめ」を今後もサポートしてまいります。

「たかたのゆめ」誕生ストーリー

  • Chapter1:18グラム。わずかに残された可能性の「種」
  • Chapter2:現れた、たった一人の協力者
  • Chapter3:東京から全国へと情報発
  • Chapter4:「たかたのゆめ」のこれから

現れた、たった一人の協力者

東日本大震災による津波の爪痕は深く、陸前高田市の多くの田んぼは被災田となります。市内の農家では、米づくりに適した土づくりを急ピッチで進めていきました。そうした中、復興支援米として選ばれた「いわた13号」でしたが、栽培する農家はなかなか現れませんでした。

研究の成果を復興支援の糧に

事が大きく動き始めたのは、東日本大震災の発生から半年後の2011年9月。東京で開催された復興支援チャリティコンサートでのある出会いがきっかけとなります。それは、東北でのボランティア活動を熱心に行っていたJT植物イノベーションセンターの研究員と、陸前高田市での復興支援活動に携わっている有限会社ビッグアップル代表取締役社長の関欣哉さんとの出会いでした。
そのコンサートの休憩中、偶然、喫煙所で出くわしたふたりは、自然と復興について会話を交わします。そして、関さんから「将来、陸前高田の人たちの財産である第一次産業において、ご支援いただけないですか」と、相談を持ちかけられたのです。その研究員は、一地方の研究所として、希望に沿えるものはないかと考えます。そして、貯蔵庫にある品種登録を取り下げた稲の種子は、まだ世に出ていない新品種であり、価値があるという想いに至ります。

陸前高田市には津波の爪痕が今も残ります。
陸前高田市で復興支援活動に携わっている、
(有)ビッグアップル代表取締役社長の関欣哉さん。

苦労の末に初の栽培農家が誕生

それから2カ月後。その想いは形となります。初年度は、農家が優良な種子で生産できるようにする「原種」の栽培。2年目からは一般の食用として「飯米」を一定量作ることを想定。そして、岩手県で栽培できる品種として「いわた13号」が選ばれます。240粒の「いわた13号」は、2011年12月に貯蔵庫から取り出され、栽培が始まりました。

JTの復興支援活動としても動き出した米栽培は、温室内での増殖から始まります。そして、2012年3月には、6グラムの種もみから約3キロを収穫。4月には、栽培した「原種」を手に、陸前高田市を訪問します。そして、栽培してもらう農家探しに全力を注いでいきました。
しかし、県の奨励品種に指定されていない米を栽培する農家は見つかりませんでした。全ての農家に断られ、諦めかけていたとき、その日訪問した農家の方が知り合いの農家に電話をかけてくれました。その相手が金野千尋さんでした。話を聞いた金野さんは、栽培を快諾。偶然、15アールの田んぼが空いていたことに加え、金野さんが“新しい取り組みにも非常に前向き”であったことが、初の栽培農家誕生につながりました。

JTでは育成支援のため、その後も陸前高田市を訪問。「復興支援を掲げる以上、その出口までをしっかりサポートしたい。種子だけを提供して終わりにはできない」との想いのもと、現地での活動や、全国へのPR活動サポートを行うなど、今後も支援を継続していきます。

「いわた13号」の栽培農家第1号となった、金野千尋さん。
見事に育った「たかたのゆめ」の刈り入れの様子。
  • Chapter1:18グラム。わずかに残された可能性の「種」
  • Chapter2:現れた、たった一人の協力者
  • Chapter3:東京から全国へと情報発
  • Chapter4:「たかたのゆめ」のこれから