哲学者 内山 節さん
立教大学池袋キャンパスにて

インタビュー

森と人間との関わり(全2回)

哲学者 内山 節さん

森林が国土の多くを占める日本。人々は森を敬い、共に暮らし、農業や祭事など日々の生活や文化にも深く溶け込んでいました。しかし近年は、そうした関係性に変化が生じているようです。
立教大学の池袋キャンパスに、哲学者の内山節先生を訪ねました。内山先生は、上野村で畑を耕し、山の作業を行い、森を散策しながら、森と人間との関わりを中心に独自の哲学論を展開していらっしゃいます。内山先生に、森の営みや文化について、そしてそれを残すには人間はどうしたらよいか、お話をうかがいました。

  • 第1回
  • 第2回

森と育んだ文化を守るために

村の人が使ってきたように自分も森を使いたい

―上野村の森と関わりを持つようになったきっかけは?

もともと子どもの頃から釣りが好きで、上野村の川でヤマメやイワナなどをよく釣っていたんです。でも、1970年代くらいから、川の状況が悪くなった。人が住んでいるわけではなく、大規模な開発をしているわけでもないのに、川の様子が昔に比べておかしいということで、森の変化を見に行かざるをえなかったというのがきっかけです。そうして村に通っているうちに、村の人々に森の使い方を教わっていくようになりました。

―今はどのように森と関わられているのですか?

上野村の自分の家の裏に1ヘクタールの森を持っていて、さまざまな用途に森を使っています。例えば、薪で風呂を焚いたり、炭を囲炉裏で使ったり。自分で炭を焼くために炭窯も持っています。村の人々が森を使ってきたように、自分も森を使っていきたいと思っているんです。自分の森の見方は、村の人々にとって森とは何かという視点だと言えます。

―森を使わないと、どのようなことが起きてしまうのでしょうか?

例えば昔よりも山菜が出なくなったのも、森が利用されずに森が深くなりすぎてしまっているからです。特殊な種類もありますが、山菜は開けた場所に出てくるものが一般的なので、周期的に森の木を伐った方がよく育ちます。それから木を伐った後、残った切り株が腐った所に出てくるのがキノコ。伐採をしないとキノコも減ってしまいます。かつて人家の付近には大木はなかったはずなのですが、最近は生活の中で薪を使わなくなったので、木が伐られずに50年くらい放置され大きくなっています。こういう状態では、台風などのときに木が倒れて家を壊してしまう危険性があるのです。

―森にすむ生き物にとってはどうでしょうか?

森が利用されないので、タカはとても苦労しています。羽を痛めてしまうので、木のない所でタカは餌をとるのですが、今は河川敷くらいしか餌をとる場所がない。その河川敷も護岸工事がされてしまっていて、餌となる動物がほとんどいないのです。野ネズミや野ウサギなど草原で暮らす動物も苦しんでいます。野生動物の保護を訴える団体は、森の木を伐ることに反対の場合が多いですが、その必要性も認識しなければなりません。森は点ではなく、全体で見る必要があるのです。

森とは神様が暮らす場所でもある

―森の文化にはどのようなものがありますか?

上野村には、現在の人口(約1,400人)と同じくらい山の神様が祀られているのですが、それは村の人にとっては、森とは神様が暮らす場所でもあるからです。山の神様が暮らす場所だからこそ、木を伐る時には、「祈願・感謝・約束」をします。木を伐るけど、決して森を壊すことはしない、きちんと再生すると。これが森の流儀で、今でも村では続いています。この山の神信仰が文化と結びついていると言えますね。ただし、これは上野村に限ったことではなく全国で見られます。

―信仰と文化との結びつきを詳しく教えてください。

日本では通説として、山の神が季節によって姿を変えて、水の神や田の神となり人間の営みを守ってくれると信じられています。ですから、例えば東北などの地域では、田植えの前には森から田の神をお迎えする祭りを行い、収穫が終わると田の神が山の神に戻っていく日としてお祝いするなどの文化が残っています。

共同体の永遠性

―森の文化を守っていくにはどうすればよいのでしょうか?

時代の流れで人々は生まれ変わり、産業の中身や農業であっても何をどのようにつくるのかは変化しても、森における共同体は永遠であると考えています。つまり、人間が森などの自然に守られて生きていることや、人間同士が結びつきながら生きていくことは永遠に変わらないのです。このように共同体の永遠性を前提にして考えると、残した方がいいものと残さなくてもいいものとを見極めることができます。周辺の自然や風土と調和するものの方が残りやすく、これが文化と結びついていると考えられます。上野村でも春祭りや秋祭りがあって、お神楽や獅子舞を奉納しますが、若い人が減ってきて継続するのが難しくなってきてはいる。けれども何とか残していこうとしていて、実は都会から上野村に移り住んだような人達がこういった継承にとても熱心に取り組んだりしています。

―“共同体”とは具体的にはどのようなものでしょうか?

共同体の中身は時代によって変わってきていますが、現代の共同体のイメージはおそらく江戸時代につくられたものと考えてよい。具体的には、集落の共同体、村の共同体、神社の氏子の共同体、お寺の檀家の共同体、職業別の共同体など、個別の小さな共同体がたくさん存在します。さらに、そのような小さな共同体が積み上がり多重構造としての「地域の共同体」を形成している。つまり、一人の人間が一つの共同体に属するのではなく、複数の共同体に属していて、そういった人間がつながり、大きな意味での「地域の共同体」ができあがっているということです。

内山 節(うちやま たかし)

内山 節さん プロフィール

内山 節(うちやま たかし)
立教大学大学院教授、特定非営利活動法人森づくりフォーラム代表理事。1970年代から現在まで、東京と群馬県上野村との往復活動を続けている。森や自然に関係する主な著作に、『自然と人間の哲学』(岩波書店)、『自然・労働・協同社会の理論』(農山漁村文化協会)、『森にかよう道』(新潮社)、『森の旅』(日本経済評論社)、『森の列島に暮らす』(コモンズ)、『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』(講談社)など。
内山 節さん インタビューINDEX
第1回 森と育んだ文化を守るために
第2回 森と人を結ぶ、新たな絆

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