自然アドバイザー 斎藤 栄作美さん
秋田県藤里町の白神山地の岳岱の森にて

インタビュー

森の知恵(全2回)

自然アドバイザー 斎藤 栄作美さん

秋田県藤里町は県の最北部に位置し、町全体の85%は森林です。1993年、白神山地約130,000ヘクタールのうち、ブナ原生林16,971ヘクタールが世界遺産に登録されましたが、秋田県側の4,344ヘクタールのすべては藤里町にあります。
秋田県藤里町に斎藤栄作美さんを訪ねました。斎藤さんは、マタギの祖父、木こりの父の家に1949年に生まれ、若いころから白神山地の森の中で仕事をされてきました。現在は、白神山地世界遺産センター「藤里館」にて、1998年の開館以来、自然アドバイザーとして勤務。白神山地の自然についてさまざまな情報を収集・提供し、学習活動や館の展示物管理、自然保護の普及啓発、ガイドなどの仕事を行っています。そんな斎藤さんに、白神の森からの恵みや、森から学ぶことなどについてお話をうかがいました。

  • 第1回
  • 第2回

人と自然の橋渡し

生きものの一つの環(わ)

―白神山地はどんなところですか。


白神山地の樹海

私たち、森の仕事をする者は、白神のことを「山」と呼ばず、「森」と呼んでいます。なぜなら、白神には麓から頂上まで、落葉樹だけでも100種近くあり、多様な生きものがいる森の世界だからです。子孫を残すための生きものたちの知恵、環境に適応する生きものたちの戦い、周りの生きものが享受する恵み……多様性に満ちた白神は、森そのものなのです。

―白神の森の魅力は?

ユネスコから評価されたように、縦断する道がないことです。山のボッチ(=山の頂)から見ると、遺産地域の白神の森は、高い山から360度見渡しても、管理道路はなく、送電線などの人工物も一切ありません。そこがすごいなと思います。生きものをつなぐ、一つの大きな環がきちんとあります。

―世界遺産になって変わったことはありますか?

遺産地域に指定されて18年経ちます。変わったのは指定当初から始まった入山規制です。秋田県側にはコア(=核心)地区があり、入山規制があります。コア地区にはパトロールや自然環境調査以外では入ることができません。コア地区が世界遺産に登録される前は、森の中にも、沢沿いにもビニールや空き缶などが多かったのです。コア地区を取り囲むバッファ(=緩衝)地区に至る林道では車の乗り捨てもありました。入山規制を始めてからはコア地区にゴミはほとんどありません。

森の肌を見ること

―斎藤さんの森との関わりを教えてください。

私はかつて生活のために森に入っていました。木の伐採や、搬出が仕事でした。若いころより仕事の御代としてお金をもらってきたのです。最初から森に生かされていた感がありました。森は生きる糧だったのです。

―森から感じることは?


白神山地の森の中

長年、森に入っていると、木のありがたさ、森のありがたさが分かります。山そのものは、侵食されたりして、いろんな形をしています。森の肌を見ることで、この山はどういう風にして守られてきたのかが読めるのです。これは、生きものの好み・生き方によって、山が抑えられる(=制御される)からだと思います。尾根、そして急斜面、緩斜面には、どんな生きものが多いのかが見えてきます。森の肌は山を守る上で重要な役目をしています。山と、森の肌がつながっているわけです。

―森を読むとどのようなことが分かりますか?

まず、どのように行ったら目的の場所に最短で着けるかです。どのルートで行けばいいのかを読むことで、山の楽しみが出てきます。一般的に尾根のつながりのことを稜線と言いますが、山の見方では稜線を“ナガレ”と言います。ナガレはすべて沢に下りています。だから“何々沢のナガレ”と言います。ナガレを読むことで、道に迷うことなく、方角が体に入り込みます。ナガレは分水嶺ですが、私は、生きもののようにナガレを見るわけです。この見方が若いときからずっと続いていて、自分の土台となっています。次に、遠くから山を見ても、ミズナラの森があるからマイタケがあるなとか、あの森の山のナガレにある沢にはヤマメがいるなと分かります(笑)。

森の変化に気づくこと

―森をずっと見てきて変わったことはありますか?

いつも森に行くたびに樹木や昆虫、花々をじっくり見ます。最初の山歩きは楽しさばかりです。10年から30年が経ち、少しずつ感じ方が変わってきたような気がします。時が経つと怖さも出てきます。それがずっと積もり重なって、少し、ぼんやりと何かが見えてくる。ずっと見続けることで何かを感じてくることは、誰でも経験できるものだと思います。

―最初にどんなところを見ればいいのでしょうか。

まず、その林床と樹木の上の世界(=樹幹と樹冠)を見ればいいと思います。どの生きものを見てもどれ一つ同じものがないのです。それぞれの生き方があり、個性があります。その生きものの生い立ちを見続けると、その生きものが好きになってきます。例えば、その樹木は、いつの時代にそうなったのか、つぶやきみたいに問いかけてみます。枝の張り方や根っこを、いつごろ難儀をしたなとか、いつごろ楽をしたな、とか考えながら見てみるのです。

―変化の中で、最近、気になることは何かありますか?

自分が生まれてから60年になりますが、年間の降雨量が少なくなっています。私は、コケを見るようにしていますが、コケは水を樹木だけではなく、大気からももらいます。最近特にサルオガセ(※)が減ってきているのが大変気になります。水が少ないのだろうかと。温暖化の影響があるかもしれませんが、谷の川の水も少なくなってきています。また、ブナに寄生する虫が多くなってきています。尾根上の灌木の背も高くなってしまいました。若いころに登ったときから10年前ぐらいまでは、潅木は膝から腰ぐらいの高さだったのが、今では頭の上になっています。小岳でも白神岳でも同じなのです。

サルオガセ:サルオガセ科サルオガセ属の地衣類の総称。樹皮に付着して懸垂する糸状の地衣類。ブナ林など落葉広葉樹林の霧のかかるような森林の樹上に着生する。

斎藤栄作美(さいとう えさみ)

斎藤栄作美さん プロフィール

斎藤栄作美(さいとう えさみ)
1949年秋田県藤里町生まれ。子どものころから自然に親しみ、林業に従事しながら白神の山を歩く。白神山地が世界自然遺産に登録された1993年から秋田県自然保護指導員。白神世界遺産巡視員、藤里町遭難捜索隊員。環境省白神山地世界遺産センター「藤里館」に勤務し、登山者の指導や普及活動に従事。
斎藤栄作美さん インタビューINDEX
第1回 人と自然の橋渡し
第2回 自然のルールを知り、守る