吉田本家代表 吉田正木さん
三重県大紀町、スギとヒノキの森林にて

インタビュー

林業の課題と未来(全2回)

吉田本家代表 吉田 正木さん

森と人との深いかかわりが必要となる林業。代々にわたって林業を営む人々にとって、時代の変化に伴って生じる課題の把握と、その解決に向けた努力はとても大切です。
林業を営む吉田本家の森林面積は1,256ha。そのうち、スギとヒノキの人工林が84%を占めます。山林は三重県の中南部にあり、三重県度会町、大紀町、南伊勢町、大台町、紀北町、尾鷲市の6市町にまたがって点在しています。今回は、2003年に吉田本家の代表を継がれた吉田正木氏を訪ねました。吉田正木氏は1978年生まれで、現在、FSC(※)認証林の林業経営をされています。「林業」という森林と人間との接点となる仕事について、どのような課題があり、それをどのように解決されているのかを伺いました。

FSC:Forest Stewardship Council(森林管理協議会)。非営利の国際機関。森林管理が環境に配慮し社会的利益にかない、持続的な経営が可能かを審査するFM(Forest Management)認証と、製造・加工・流通過程で非認証材と混在しないよう適切な管理が行われているかを審査するCoC(Chain of Custody)認証を行っている。認証された森林から産出された木材・木材製品にはFSCのロゴマークが付けられる。

  • 第1回
  • 第2回

林業問題の解決と協働の取り組み

林業課題の根本的な解決に向けて

―今の林業課題について教えてください

林業では、間伐をして、そこで働く人が必要な所得を得て、あるいは機械を使い、燃料等の費用を払って、それを間伐材の売り上げから引いて、どれだけ残るかを考えなければなりません。ところが、今の木材価格では残り幅が極めて少なく、生産者のところに利潤が残らない。あるいは赤字になってしまう状況になっています。主伐(皆伐)をした場合は、植栽をして下草刈りや枝打ちの経費が賄える以上の売り上げが必要です。

―木材価格の問題は大きいですね

価格が安いために、多くの林業では間伐材を売らずにそのまま山に置いてしまうという、切り捨て間伐となってしまっています。これを解決するためには間伐をする際に、これくらい残るという価格まで材価が上がるか、または生産の効率化が進んで生産コストが下がるレベルまでにしなければなりません。あるいは、保育施業を工夫してコストを下げる必要があります。

―課題は山積みですね

林業では主伐、間伐した場合に、そこで木材の売上げから伐出費を引きます。そして人件費を引く。残るのは、山林所有者の手取りになる。そこからシカの防護網を張って、苗の植栽をして、下刈りをして、どのくらい残るかと考えたときには、やはり、木材価格が上がるか、伐出費、さらに保育費を下げない限りは何も残らないのです。材価が上がるか保育費を下げるかですが、林業が抱える根本的な問題の解決には、やはりどちらもやらないといけないと思います。

協働の取り組み

―コストを下げるには?

コストを下げるにはそれぞれの事業体で工夫はしてきましたが、それだけでは解決できないレベルにきています。その上で、経営管理の合理化をするにはどうしたらいいかということです。私のように1,000haの森林を持っていても、経営規模としては小さい方です。アメリカは大規模ですし、ヨーロッパも所有規模は小さい国もありますが、経営はまとまってやっています。最近では国内の製材所も大型化が進んでいます。また、木質バイオマスエネルギーが注目を浴びていますが、そうすると扱う木材の量が大きくなります。そういった取引に対しては販売量をまとめることで、はじめて価格交渉ができるのです。

―交渉を有利にする方法はあるのでしょうか?


三重県大紀町にあるヒノキの苗場にて

もちろん経営規模が大きくなっても、うちの山林から生産できる木材は限られています。新しい制度(森林経営計画)では計画は個人単位となるでしょうが、ほかの林業家と連携することで作業の効率化を図り、販売の取りまとめを行って有利な交渉ができるようにならないかと検討しているところです。大規模化する需要先に対してはこのような対応になりますが、一方で顔の見える家づくりだとか、地域の小規模な製材所や建築家との連携も重要で、こちらは地元の林業家や製材所と協働して「東紀州尾鷲ひのきの会」という組織を作っています。

木を使う優位性を出すこと

―課題解決の具体的な方法は?

その手法の一つとして日本の林業政策の中で欠けていたのは、木を使ってくれる人を増やしていく取り組みです。今までの林業家や団体は、木が安くなってから「補助金をください」ということに終始してきたように思います。

―補助金に頼りすぎたわけですね

制度がある以上、うちももちろん補助金を使わせていただいています。しかし、政策を考えるときには、ものごとの本質の部分を見ていかなくてはならないのです。木が安くなったから補助金を出しますという現状では、木は安くなる一方です。

―そのためにはどうすれば?

木を使う優位性を出すことです。木の優位性については、学者による研究はされていましたが、実際に林業家はそれを目指しての動きが足りなかったと思います。これまでは保育作業が続けられれば良いという面もあった。ものごとの本質から見れば、必要なのは木がどれだけ資源として評価されて値がつくか、木を育て売るための費用をどれだけ下げることができるかを形づくることなのです。

―木の優位性とは?

ほかの資源と比べて、木にどのような優位性があるのか。木を使うことで優遇するのであれば、優遇する根拠はどこにあるのかがきちんと説明されなければならないと思います。例えば、石油資源と木を使ったときの温室効果ガスの排出量の違いとか、あるいは、化石燃料は6,000万年かかっているが、木はたった50年でできるのだという説明とか。6,000万年分の地球環境への影響は、今の経済下では計算されていません。外部経済の内部化という手法を取り入れ、木を使うことの方が優れているということが認識され、広まっていくための活動が今までほとんどされていなかったと思います。

―そのほかの活動はありますか?

一つの活動としているのが、林業を知ってもらうこと、我々の育てる木材を買ってもらえる仕組みを作ることです。それが、私のやっているリーフ(LEAF ※)というプログラムで、小中高校生向けの森林環境教育です。

LEAF:Learning About Forestsの略。NGOであるFEE(国際環境基金・本部はデンマーク)のプログラムの1つ。森林産業の普及啓発のために開発したプログラムで、子どもたちの環境意識の向上と環境教育に関わる教師の育成を目的としている。

―どのような教育ですか?

もともとノルウェーで始まったプログラムですが、現在は20カ国で行われています。ノルウェーでは30年程前から行われており、当時の子供たちは今では消費者となり家を建て、バイオマスエネルギー政策が理解され普及しています。迂遠なようですが、子どもが育つ時間は木が育つ時間よりも短いですから子どものうちから木や森に親しむ機会を増やし、また学校教育の中でも取り入れられるようになっていければと思っています。算数や理科など学校で習ったことを森の中で実践するようなメニューもあります。昨年は地元の三重県のほか、山梨県や広島県などでインストラクターを務めました。 人間が持続可能な生活を送るうえで、森林が重要な役割を担っていることを子どもたちに知ってもらい、学んでもらいます。森林の役割を、生態学的にだけではなく、文化的、経済的、社会的な面で、自ら主体的に考えていくプログラムです。林業家として今後もこうした森林環境教育活動に取り組んでいきたいと思います。

吉田正木(よしだ まさき)

吉田正木さん プロフィール

吉田正木(よしだ まさき)
林業家である吉田家の長男として1978年に三重県大宮町(現大紀町)に生まれる。地元、三重高校に入学。一時、不登校児になったが、その2カ月間、山林の業務を手伝い、3カ月目に高校に復帰。1997年に慶応大学総合政策学部に入学。たまたま受けた2年の授業で、大企業トップの寄附講座があり、「地球環境と企業経営」を受講。そのときに林業が引き合いに出されたこともあって、講座の担当教授であった加藤秀樹教授のゼミに入り、「21世紀の社会経済システム考える」をテーマにさまざまな問題の本質について学ぶ。卒業後、地元三重大学生物資源学部に研究生として入り、林学を学ぶ。2003年2月より家業である林業経営を引き継ぎ吉田本家山林部代表。また、2003年3月に国際的な森林管理の認証であるFSCを取得。現在、三重県の吉田本家の12代目当主。2010年よりLEAF(北欧生まれの環境教育プログラム)の公認インストラクターとして、小中高校生の森林林業体験教室を開催するほか、体験宿泊施設「語らいの里 噺野」や、森林林業体験学習施設「ひのき家」や薪ストーブショールーム「Granville滝原」の経営にあたる。
吉田正木さん インタビューINDEX
第1回 時代に合わせた森の管理
第2回 林業問題の解決と協働の取り組み